Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

箱根から三島へハイキング

2014年05月01日 20時34分13秒 | 山行・旅行・散策
 明日は連休の合間であるが、平日であるということで、箱根から三島駅まで石だたみの道を歩いてみることにした。歩いて4時間30分ということらしい。以前に、箱根から箱根湯本まで東側の石だたみの道は歩いたことがある。その時は子供を連れていた。今度は夫婦2人だけで西に向かって三島駅まで歩く計画である。富士山を見ながらのハイキングになるはずである。
 朝8時半前に横浜駅を出る東海道線で小田原駅まで行き、昼食用の駅弁を購入してからバスで箱根町まで。
 歩き始めてから1時間ほどの元接待茶屋あたりで昼食休憩を取り、16時30分ごろには三島駅に到着したいと思っている。到達地点には温泉がないのがとても残念であるが、今回はやむを得ない。
 明日は天気は良いようだが、結構気温が上がるらしい。25℃という予想もある。帽子は必需品のようだ。
 これから準備をする。朝はそれほど早くないので楽である。問題は小田原駅から箱根町までのバスの混雑状況。このバスが混雑していないことを祈るのみである。

 不思議なもので、ハイキングや山に行くとなると我ながら実に手際よく準備ができる。リュックに入れる着替え・洗面具・カメラ・地図・手帳等、着ていく服‥。
 これがハイキングや山以外の旅行だとけっこうもたもたする。今はもうそういうこともないが仕事だとか、気が進まない旅行だと幾度も荷物を詰め替えたりしなくてはいけない。その上、詰め替えるたびに忘れ物を思い出す。







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躑躅(つつじ)

2014年05月01日 17時30分55秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 風は多少強めだが、とても暖かい。少し早目に歩くとすぐに汗ばむような気温になった。庭や街路樹のツツジが明るく咲いている。例年よりもだいぶ遅いようだが、ツツジが似合う季節というのは明るい。我が家では本日昼から半袖のシャツを出した。朝はいつものとおり長袖のシャツを着て出かけてしまった。
 しかし家の中でパソコン画面の前にいると体が冷えて、二の腕あたりが何となく涼しく感じる。半袖に慣れるまでしばらくはこの涼しさが気になる。



 ツツジは漢字で記載すると「躑躅」となる。恥ずかしながら私は勤めるまで読めなかった。躑躅とはツツジと別物の何か恐ろしいものの名前のような気がして、調べもせず放置していた。就職後しばらくして、仕事の関係でツツジ=躑躅ということを知り、びっくりしたことを覚えている。
 私のツツジのイメージはメーデーと不可分である。メーデーのデモの途中、毎年高木の街路樹の間を埋めるように植えられている燃えるようなツツジに沿って、横浜市内の中心部を歩いてきた。そんなデモを就職してから37回続けて経験した。退職後も3回続けた。

★岩相は神の悪戯つつじ咲く  奈良和子
★回廊の軋む音してつつじ燃ゆ  関ただお
★死ぬものは死にゆく躑躅燃えてをり  臼田亜郎
★うつうつと大嶽の昼躑躅さく  飯田蛇笏
★つゝじいけて其陰に干鱈さく女  芭蕉

 最初の句、「つつじ」の明るさがあるから「神の悪戯」と気持ちよく言い放つことが出来るのだろう。
 二句目、「軋む音」が「つつじ」と呼応すると途端に暖かいゆるやかな音に変化して聞こえるから不思議だ。「咲く」ではなく「燃ゆ」がいい。
 臼田亜郎の句、躑躅という漢字がぴったりだと思う。あの豊穣な燃え上がるような明るさはサクラ以上に植物の生命相を暗示するのではないか。いくつかの歳時記ではこの句が一番気に入った。
 飯田蛇笏の句も、「さく」は平仮名にしながら「躑躅」は難しい漢字をわざわざ持ってきている。「うつうつと」に呼応するように。しかし「鬱々と」ではないのはどう解釈したらいいのだろうか。そう思いつつ「昼」というのがとても気に入っている。
 結構堅いイメージの芭蕉だが、このように多くのちょっと艶めかしい句も多い。それが芭蕉の句の魅力でもある。俗世間から超越しているような芭蕉のイメージが定着してしまっているが、連句・歌仙の場ではそんなことだけでは通用しなかったはずだ。




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