Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「日本絵画の魅惑」展(その1) 風神雷神図の比較

2014年05月17日 23時44分23秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 今回の展示では、酒井抱一の「風神雷神図屏風」が呼び物の一つであった。これは同時期に東京国立博物館で開催されていた「栄西と建仁寺」展と通常展示での俵屋宗達と尾形光琳の二つの「風神雷神図屏風」と合わせて、三つが同時に東京で見られると話題になったものである。
 ということで、まずは4月の末に宗達・光琳のものを見て、このブログでも比べてみた。折角なので3作をここに並べてみることにした。



 上が宗達、中が光琳、下が抱一という贅沢な並べ方である。時代は上から下に下ってくる。

 前回私は宗達と光琳を比べて概略次のようにまとめた。

 背景の金箔は、光琳のものは黒い雲の割に金の部分が明るくないので絵が引き立っていない。
 色の対比が面白いが宗達の方はどうも白が少し退色しているのであろうかはっきりしないところがある。
 風神はともに雷神の方を見ている。しかし宗達の雷神の眼は中央の下を見ているのに対し、光琳の雷神の眼は風神を見ている。宗達では初めに雷神が雷を鳴らしているところに風神がそれに和するようにあとから登場しようとしている関係になっている。光琳の方は両者が初めから和するように雷と風を起こしている状況に思える。あるいは競い合っている、力比べをしているようにも見える。
 宗達の風神は左から中央への運動方向を示している。雷神はその場でステップを踏んでいる形だ。光琳の雷神は上目づかいに風神の方ににじり寄るような動き、中央へのベクトルを示している。風神の方がその場でステップを踏んでいるように見える。

 今回抱一のものを前2者と比べると、さすがに時代が新しいためだと思うが金箔も色も際立って鮮明である。特に白が鮮やかになって、風神雷神が強調されている。
 また黒くあらわされている雲は宗達のように薄くなり、風神と雷神が際立って強調されている。雲のおどろおどろしさよりも、一層風神雷神が大きく前面に浮き出てくるようになっている。
筋肉の表現は光琳のものはあまりに現実離れしている筋肉だが、抱一の筋肉はより現実の人間に近い。ただし足の指・爪などは獣のもののようにとんがって強調されている。
 衣装とくに褌などは色の対比が鮮明になっている。
 雷神の顔の表情はより若くなっていて、特に眉毛が若々しく太くなり、表情が明るくなっている。
 両者が見つめ合って呼吸を合わせて踊るような動きは、光琳のものを踏襲している。

 この程度が私の感じたものである。
 総じて差は微妙なのであるが、宗達→光琳→抱一とより図案化され、躍動感が強調され、色彩がより鮮明になって色の対比が強調されるようになっている。
 好みはそれぞれだと思うが、それぞれが独自色や違いを出そうと描いたというよりも、先行者に敬意を表して、忠実に模写した結果として、それぞれの特徴が浮き出た、という感じがする。
 いかがであろうか。



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弁才船模型

2014年05月17日 18時45分27秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 先ほど掲載した講座は、神奈川大学の横浜キャンパスで新築となった3号館で開講となったが、真新しい教室は実に広々としており、羨ましい限りである。



 この3号館は展示ホールも兼ねていて、神奈川大学の歴史展示と、日本常民文化研究所展示室を兼ねている。私は後者に興味がある。
 常民文化研究所の展示内容については後日じっくりと見て回ることとして、本日は地下に展示されている「小型弁財船(100石≒15トン)の実物大の部分模型」の展示を見てきた。

          

 本日の講座では、いわゆる千石船と同じしつらえで復元制作された「みちのく丸」の公開実験の映像を見せてもらったが、この展示の小型船、積載量が約10分の1とはいえ、目の前にすると大きい。これが一枚ものの帆をはればとてつもなく大きく見えるはずだ。積載量で10倍の千石船ということは概略換算すれば、縦・横・高さでそれぞれ約2倍ちょっとになる。かなりの大きさだと思う。
 事実この小型弁才船の全長17.0mに対して、みちのく丸の大きさは、全長32.0m、全福8.5m、喫水下3.0m、帆柱28mとのことである。
 多くの人が、江戸時代の船のイメージをもう喪失している。明治時代までは全国の港で弁才船が使われていたようであるが、もう私たちには具体的には想像が出来ない。

 この昆教授の講座は昨年度の前期から数えて3回目の受講である。私にとっては初めての知識なのでなかなか理解できなかったが、3回目ともなるとそれなりにわかるようになってきた。
 構造的な講義とともに和船の構造の歴史的な変遷、ヨーロッパのスタイルの船との違い、中国の船との違いなども少しずつ理解出来てきた。そして縄文時代以来の古代からこの和船の構造が環日本海、北方世界で広がっていたことなども教わった。
 私のもっとも興味のあるまた古代からの文化の伝播の視点や漁業などの視点、列島内の物流からのアプローチも少しずつ理解できるようになってきた。琉球弧での船の構造などのアプローチも興味の湧くところである。

 本日の講座でも触れていたが、復元された弁才船は今、4艘あるとのこと。1艘は新潟県佐渡島にあり、これはもともと山上に展示されているもので航海は前提とはなっていないとのこと。
 みちのく丸は現在自力帆走可能な唯一の復元船で本州を一周したようだ。しかし管理している「みちのく北方漁船博物館」が昨年度末で閉館となり、船自体の存続が危ぶまれているとのこと。
 また、大阪市の海事博物館「なにわの海の時空館」も、見学者の低迷による財政状況を理由に、大阪市長の橋下徹が「当時の市の責任だが、よくこんなものを作ったものだ」、「自分たちの責任として、担当部局に頑張ってもらうしかない」と酷評して閉館の憂き目を見た。そのあおりで国宝級の浪華丸も解体の可能性が強いとのことである。特に浪華丸は、全体が当時とまったく同じ作りで帆も木綿製とのこと。自治体の財政難を理由とした、また首長の文化無理解もあり、文化財行政は極めて厳しい時代である。
 もう1艘は、宮城県気仙沼にある気仙丸、おととしの津波にも耐えているようだが、今後どのような運命をたどるのであろうか。



 私は昨年来この講座を聞いて、和船の美しさに驚いた。木の美しさ、曲線の美しさに惹かれた。この造船技術が継承されることも願っている。この写真でもその雰囲気は伝わると思う。舳と艫がないので、曲線の美しさの全体が見えないのが残念である。この木を曲げる技術が和船の特徴でもあり、もっとも難しとのことも教わった。
 昆教授はおそらく「みちのく丸」の建造から帆走実験で本州を一周するまで、資金の調達、人材確保、公開実験のための様々な準備、マスコミ対策など実務者として苦労したことが、講義の内容から十分察することができる。みちのく丸をはじめとして浪華丸などのこれからの運命を我が子のように心配して熱く語る姿にも感銘している。

 今回の講座、これまでになく80名近くという大勢の参加であった。

 海洋国家と威張っていても、大事な和船の造船技術も航海技術も、その利用が頂点に達した物流の研究も、和船を利用した漁業の研究も脚光を浴びていないどころか、存続すら危ういというのは情けないものである。

 横浜も某市長時代に帆船日本丸の運命も危なかったのだろうか。




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本日からの講座「和船の世界」(昆政明)

2014年05月17日 11時36分35秒 | 読書


 本日から始まる講座は「和船の世界」(昆政明神奈川大学歴史紋族資料研究科教授)。昆教授の講座は今回で三回目。地味な世界と思われるが、なかなか魅力的な研究であり、話も大変魅力的である。
 青森県立郷土館学芸課長から定年を機に、こちらの大学に来られたとのこと。経営が厳しい行政の博物館で苦労された様子が伝わってくるので、私にはとても親近感がある。
 実はツィッターでいろいろ検索していたら「約200隻を収蔵・展示する国内最大級の漁船の博物館」というユニークな「みちのく北方漁船博物館」が3月31日付で閉館となっていた。
 このような博物館が閉館となっていくのは寂しいものである。大阪市の海事博物館「なにわの海の時空館」も橋下市長のもとで閉館させられてしまっているが、貴重な復元和船などの価値を考えれば、まだまだ対応を考えなければならなかったはずである。行政責任というもの、文化財というものについて考え直してもらいたいものである。

 今回の講座は「無料」ということなった。そしてみなとみらいの教室ではなく、横浜キャンパスになった。
 ここには和船模型が新たに展示されているとのことなので見学も兼ねて楽しみにしている。



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