Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

鰯雲(いわしぐも)

2016年10月15日 22時16分12秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 秋は空が澄むので月や星が美しい。確かに月は明るく感じる。本日は名月から一か月後の望月、十五日の月である。満月は明日。満月と十五夜が重なる日は年に半分くらいと聞いている。

 午後はみなとみらい地区から歩いて帰ったが、夕方鱗雲が澄んだ青空を引き立てていた。鰯雲・鱗雲・鯖雲、いづれも巻積雲または高積雲のことである。地表から見るとさざ波のように見える。繋がってはいない小さな雲片が連なって見える。鰯の群れを想像したり、雲の鱗に見立てたりのいみである。あるいは鰯の漁期と重なるからともいう。

★鰯雲日かげは水の音迅く         飯田龍太
★秋の暮巨き雲負ひて街にあり       加藤楸邨
★鰯雲呆けて歩くこともせよ        石田波郷

 昔鰯雲の句で最初に印象に残ったのが、第一句。冷たくなった秋の水は透明度を増して、夏よりは早く、鋭く流れると感じたのだと思った。飯田龍太という俳人に似つかわしい印象が鮮烈な句だという風にも習った。
 最近は加藤楸邨の句集と石田波郷の句集ばかりをめくっている。「秋の暮」、思いもかけず「巨き雲」と繋がっていておやっと思う。鰯雲などではなく「巨き雲」とは何の象徴・比喩なのだろうか、と悩んでみた。先週までのように熱い雲に覆われた不気味な天候であったのだろうか。「寒雷」所収。1937~40年の作品であるらしい。「時代」の世相を読み取るとのは無理だろうか。
 「鰯雲呆けて‥」の句、いつの句かはわからない。本日の私の歩きに似ていなくもない。

本日の講座「社会の希望」(全5回)

2016年10月15日 19時25分53秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 本日の講座は「社会の希望-困難になかから」と題した5回連続講座の初回。宮台真司首都大学東京教授。講演は「感情の劣化に抗う唯一の道」。
 宮台真司氏の講演は20年ほど前に一度聴いたことがあるが、今回はどのような内容であろうか。
 前回はちょっと挑発的な講演であった。
 講演会には大学時代の友人1名と中・高校時代の友人1名がいた。講演終了後、大学時代の友人と忘年会の日程などを簡単に打合せ。

 帰りは暖かい気温と陽射しを受けて、家まで歩いてきた。途中横浜美術館、喫茶店、有隣堂、家電量販店などに寄りながら、時々は速歩を交えながらプラプラと歩いた。

しみじみと晩秋の気分

2016年10月15日 10時47分52秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 秋晴れの天気は心地よい。窓越しの柔らかい日ざしに気分がほぐれる。午前中は熊野古道の旅の報告集の印刷を始めた。A3二つ折りの裏表で50部。マット紙のモードのため若干時間がかかる。とりあえず5部はきれいに印刷できた。残り45部。出かけるまでに15部ほど作っておきたい。

 9月に入ってから慌ただしかったためか、時間の経つのが早かったように感じる。1か月半がこんなにあっという間に過ぎたというのは久しぶりの感覚である。それに引きづられてなのか、そういえばもう晩秋、3週間後の11月7日は立冬。年末である。気ぜわしさを感じる。
 時間の感覚というのはいいかげんと云えばいいかげん。ちょっとした気分次第で1年間の時間の感覚がまるで変ってしまう。時間の感覚ほどあてにならないものはない、と云える。

 秋が深まっても盛んに台風が発生している。先ほど台風22号が発生したとのメールが届いた。予想進路の先は台湾。偏西風に沿って北東に向きを変えるのだろうか。そのまま西に進むのだろうか。その前に発生した強い台風21号は現在フィリピンを襲っている。22号よりは少し南側のコースで、そのまま西に進むらしい。

 午後は講座があるが、それ以外は特に予定はない。のんびりとした1日にふさわしい柔らかい陽射しをどこで浴びようか、悩んでいる。贅沢な悩みだ。