Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

明日は気合を入れて仕事‥

2019年01月04日 23時12分06秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 夜のウォーキング終了。本日は昼も夜もそれほどの寒さは感じなかった。明日も最高気温が14℃の予報。明後日は8℃と上下の差が激しい。はたして体がついていくやら。インフルエンザの予防接種はしたものの、風邪の予防接種などない。
 明日は午前中から午後にかけて明後日の団地の管理組合の会議の資料を仕上げる予定。夜には月曜日の退職者会の会議の資料作り。こちらは本日の夜に三分の一ほどを作った。日曜日の盤に最後の仕上げをして7日に間に合わせないといけない。
 二つが重なるとつらい。しかしこれがこなせないようだともっとまずい。

 夕方にはまた横浜駅までは歩いて往復、コーヒータイムと若干の読書。時間にゆとりがあるわけではない。こうしないと頭の切り替えができない。
 本日のようにリュックを開けたら本が入っていなかった、というようなことを繰り返したくない。実にガッカリした。


歳のせいなのだろうか‥

2019年01月04日 19時51分13秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 横浜駅まで歩いたのち、喫茶店にてリュックを開けたら、入れたはずの本が入っていない。読もうと思った本を本棚から選び、机の上に置いたところまでは記憶しているが、リュックに入れた記憶がない。
 歳は取りたくないものである。一つのことをその都度きちんと片付けないで、他のことをすると必ず前のことはおろそかになる。
 子供が小さい時には、子どもに幾度となく教えこんでいたことが、こんどは自分に言い聞かせなくてはならないのだと、感じている。こんなことを書くと私はもう70歳も後半なのかと云われそうだが、70歳になるまでにはまだ2年半もある。本人は若いつもりでも、そして意識はちゃんとしているつもりでも、どこかに落とし穴がある。自覚的になればなるほど、悲しいものがある。

 さて年賀状が1通戻ってきた。先方が引っ越していたことを住所録に反映していなかった。その情報が私の頭からすっかり抜け落ちていた。これもまた「歳は取りたくない」という感想である。
 自分でチェックが出来ていない。

 本日は反省ばかりの日であった。

私にも「仕事はじめ」のようなもの

2019年01月04日 13時38分43秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日より私は「仕事はじめ」。お昼を挟んで先ほどまでは団地の管理組合の会議の資料作りを三分の一ほど。午後はいつものとおり、ウォーキングがてら歩いて横浜駅まで。読書とコーヒータイム。夜には、退職者会の会議の資料作り。二つの仕事を同時並行でこなすには、間に他のことをして頭の切り替えをしないと前に進まない。
 学生時代のように毎日毎日いくつもの時限を区切ったテーブルは対応できない。頭の切り替えができない。

 今年最初の読書には何を選択するか。「観察力を磨く 名画読解」はまだ図書館が開館していない。「美」という観点からの「読解」ではいことに気がついたので、貸し出しに行く気分にまだなっていない。近いうちに全体に目をとおしたいとは思っているのだが‥。