★爆音下水かがやいて蟻溺る
★遠く呼びあふ汽笛その尾に凍る星
原爆の図
★殺戮へ降る雨黒く声阻む
★鶺鴒(せきれい)の一瞬われに岩のこる
★熔接の火走る見よや冬鴎
★重油浮く入江の寒さ戦あるな
★蜘蛛の巣に腹部を黒くきりぎりす
★枯野あたたか鉄錆の服をぬぐ
★旋盤の削屑(きりこ)へ冬日縞目なす
★雨しぶく鞴(ふいご)祭の唄はずむ
蟻、きりぎりすは抑圧や被害を被る人びとの象徴。
第1句、どこかの基地の爆音なのであろう。軍用機の爆音下でもがき続ける人々の生活を蟻が溺れる様にたとえている。
第2句、汽笛の音が消えていく夜空に凍星を見つけた。呼び合う汽笛とは、戦争で亡くなった人びととの交感と解釈できる。それには無念の死という重い現実が光っている。
第4句、鶺鴒が不意に眼を過ぎり、一瞬鶺鴒が足をかけて止まった岩が眼前に見えるのみ。鶺鴒の速さに感嘆している。過去の体験が不意に日常に浮かび上がった一瞬の後消えることを詠んだと解釈するのは飛躍しすぎだろうか。
第6句、港の造船関係の職場で働いていたのだろうか。港内の海に浮かぶ油に、戦の時に海に浮かんだ重油を思い出したのだろうか。戦が迫っている政治状況に敏感になっている戦後の生活の一断面。
第9句、旋盤で出た金属の削り屑を「きりこ」ということは初めて知った。私の元の職場の傍にも旋盤工場があって、夕方赤い夕日を受けた「きりこ」を幾度も見た。労働の終る間際の美しい時間であった。
第10句、ふいごまつりは、旧暦11月8日(新暦で12月14日頃)。ふいご(たたら)を使用する鍛冶屋,鋳物師などの職人たちが行なう神事で、たたら祭ともいう。金属関係の守護神とされる金屋子神または金山彦神・金山姫神をまつる。火を扱う職人にとっては安全祈願の火でもある大切な祭りである。
私の職場にも昔は鍛冶工がいて、毎年鞴祭りをおこない、各職場から一升瓶が届けられたが、鍛冶工の廃止とともに行われなくなった。今では全国的にも鍛冶屋さんがいなくなっている。