静かな映画だ。親友が行方不明で、気持がそれを受け付けない。誰にもわかる感情だ。女性は5年もたっていて、まだその空白感は続いている、、。
東京での高級バーラウンジが素敵だ。客の一人一人を見て音楽を流す店主。心のつながりを常に考えているバーだ。しかし、驚くことにその店主は急に自殺してしまう。人の命のはかなさよ。死はかくして我々のすぐそばに駐留している。
周波数を合わせることで日常生活を営んでいた親友から、彼女こそが実際は強いのだと女性は告げられる。確かに、人に合わせて生きるということは自分をなくすということだ。その時間が大きければ大きいほど、自分を消耗させる。
他人と波長を合わせることの苦手な彼女は、つまりその分決して弱くなんかないのだ。
僕もそうだと思う。若い時は人に合わせるのがうまく、どんな会話でも入ることができた。でも、ここ20年ぐらいは、自分を主張するようになった。当然、敵もできるし、愛がないとまで言われたこともあったっけ。
でも今の方が精神的には安定している。くよくよすることもあるが、自分が悪いからだとは思わなくなった。その人の領分に不可侵することで、自分だけの世界を保とうとしている。
この静かな映画で、沸々とこんなことを考えながら、映画は終わる。命ははかないけれど、強さも持っているはずだ。たとえ死ぬことはあっても、その人を思う気持ちが存在すれば、十分その人は生きている。人はそういうことで、人の命をつないできたのだ、と思う。
そんなことをこの映画を見て考えた。
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