昨日紹介した荒平天神から、錦江湾東岸を南下すると、南大隅町根占に着きます。
ここに砲台跡(台場)があります。
生麦事件を起こした薩摩藩は、英国艦隊の錦江湾来攻を察知し、沿岸に台場を築きました。
その数、数十といいます。
このうち、鹿児島市の天保山や祇園之洲の砲台跡は、以前紹介しました。

根占の砲台跡。
石垣の間に凹部があり、ここに大砲が据えられています。
台場の中で、当時の原型をとどめているのは、この根占の砲台跡だけです。

花崗岩からなる石垣が、延長60mに渡って築かれています。

このときは、視界が良くなかったのですが、対岸に開聞岳や竹山が見えます。
薩英戦争で、ここから実際に大砲が発射されることはありませんでした。

近くの山は花崗岩からできています。
花崗岩の大岩峰です。
海岸には、花崗岩の丸い石がごろごろしていますので、これで石垣を築いたのでしょう。
ここに砲台跡(台場)があります。
生麦事件を起こした薩摩藩は、英国艦隊の錦江湾来攻を察知し、沿岸に台場を築きました。
その数、数十といいます。
このうち、鹿児島市の天保山や祇園之洲の砲台跡は、以前紹介しました。

根占の砲台跡。
石垣の間に凹部があり、ここに大砲が据えられています。
台場の中で、当時の原型をとどめているのは、この根占の砲台跡だけです。

花崗岩からなる石垣が、延長60mに渡って築かれています。

このときは、視界が良くなかったのですが、対岸に開聞岳や竹山が見えます。
薩英戦争で、ここから実際に大砲が発射されることはありませんでした。

近くの山は花崗岩からできています。
花崗岩の大岩峰です。
海岸には、花崗岩の丸い石がごろごろしていますので、これで石垣を築いたのでしょう。