南州神社
2008-08-30 | 史跡
南州墓地と南州神社は、「西郷隆盛の史跡」でも紹介しましたが、他にいろいろな史跡や古木がありますので、もう少し詳しく見ていきましょう。
鹿児島市上竜尾町にある南州墓地。
1877年(明治10年)、岩崎谷で戦死した西郷隆盛以下40名が仮埋葬され、その後県内や宮崎、熊本からも遺骨が集められました。
薩軍2023名の将兵が眠っています。
中央が西郷隆盛の墓。
桐野利秋、別府晋介など、明治維新で活躍した多くの人物の墓が並んでいます。
南州墓地に隣接した南州神社。
明治12年に設けられた参拝所が、大正11年に南州神社となりました。
勝海舟の歌碑。
ぬれぎぬを 干そうともせず 子供らが
なすがまにまに 果てし君かな
勝海舟
常夜灯。
高さ5~6mの立派なものです。
西郷と勝海舟の会談で、江戸城が無血開城され、東京が戦火を免れたことに感謝して、昭和14年、当時の東京市によって建立されました。
左下が、勝海舟の歌碑。
歌碑と常夜灯は、花棚(けだな)石でできています。
花棚石は、石橋の材料である溶結凝灰岩の一種です。
産地により、たんたど石、郡山石などという名が付いています。
明日は、南州神社の電燈を紹介します。
鹿児島市上竜尾町にある南州墓地。
1877年(明治10年)、岩崎谷で戦死した西郷隆盛以下40名が仮埋葬され、その後県内や宮崎、熊本からも遺骨が集められました。
薩軍2023名の将兵が眠っています。
中央が西郷隆盛の墓。
桐野利秋、別府晋介など、明治維新で活躍した多くの人物の墓が並んでいます。
南州墓地に隣接した南州神社。
明治12年に設けられた参拝所が、大正11年に南州神社となりました。
勝海舟の歌碑。
ぬれぎぬを 干そうともせず 子供らが
なすがまにまに 果てし君かな
勝海舟
常夜灯。
高さ5~6mの立派なものです。
西郷と勝海舟の会談で、江戸城が無血開城され、東京が戦火を免れたことに感謝して、昭和14年、当時の東京市によって建立されました。
左下が、勝海舟の歌碑。
歌碑と常夜灯は、花棚(けだな)石でできています。
花棚石は、石橋の材料である溶結凝灰岩の一種です。
産地により、たんたど石、郡山石などという名が付いています。
明日は、南州神社の電燈を紹介します。