旅行と「ハネムーン期」:あるいは「他者」と向き合うとはどういうことか

2020-12-14 11:45:50 | 生活

ドイツ旅行の記事を書き続けているが、この調子でいくと下手したら今年度いっぱいかかる可能性があるので(汗)、最後に取り上げようと思っていた話題を今のうち形にしておきたいと思う。

 

さて、旅行(というか正確に言うと移住だが)で海外に行った時の人間の反応は、何段階かに分けられると言われている。色々な表現の仕方はあるが、「ハネムーン期→ショック期→適応期→受容期」といった具合である。要するに、最初は新奇で素晴らしい部分にばかり目がいき、次の悪い所に目が行って幻滅し、次にそれに慣れようと努力する時期がきて、最後に海外の良いところも悪いところも、それぞれそういうものとして一定の距離を置きながら受け入れる段階に到る・・・とまあそんな流れがあるということだ(当然のことだが、個人差があるし、今述べた段階を行き来するような可逆性のあるものなので、あらゆる人間が一方通行的に態度を変化させていくわけではない)。

 

私はしばしば「コントロール不能な他者」とか多様性・複雑性の話題を取り上げてきたが、異国の環境とそれに対する適応段階は、そういった事実を再認識させてくれる好材料の一つと言えるだろう(ちなみに今この話題を取り上げた理由の一つは、鈴鹿詩子のスタンスに対して述べた自己肯定感と他者への距離感の分析信長の外交についての複眼的視座[cf.歴史認識]、「ひぐらし 業」の最新話感想で述べた虐待と抑圧=子ども等を自己の所有物とみなす者たちの精神性・・・といった先週書いた一連のテーマに、ドイツ旅行の知見も通底する部分があるためだ)。

 

これとしばしば批判的に述べている「ノイズ排除」やそれに基づいた党派的思考(信者やレッテル貼り的アンチ)を絡めて話すなら、それはあたかも「ハネムーン期」だけで対象を判断しているナイーブな旅行者に似ている。つまり、対象の複雑な現実には目を向けようとせず、勝手に都合のいい要素だけ抽出してそれを評価しているわけである(まあ対人間の場合は相手がそう自己演出している場合も少なくないので、異国への適応と全く同じように語るわけにはいかないが)。

 

私がドイツ旅行をはじめ様々旅行に行って現地の人に助けられたり感謝したり、あるいはそこでの新奇な発見に感銘を受けたことは事実だし、それ自体を理屈でもって抑圧・否定するつもりもなければ、その必要もない。ただ、その感覚や経験を相対化・客体化するフレームで思考することもまた、同時に必要不可欠だと考えているのである(この話は「自分自身や自分が大切に思う存在が、個人的にはそれ以外に比して特別なものと思えてしまうが、世界にとっては等価な存在である」といったことにつながっていく。それはたとえば墨子の「兼愛」やらキリスト教の「隣人愛」、あるいは「みんなを平等に愛しているのは誰も愛していないのと同じ」などにも通底するのだが、テーマがあまりに大きすぎるので今回は踏み込まない。ただ一つ言っておけば、この事実に気付きを与える傑作の一つが「沙耶の唄」である)。

 

これは過去何度か書いたことがあるように、「感覚・感情と理論のどちらが大切か」などという問いはナンセンスの極みで、どちらも等しく重要であるという話につながる。「ひぐらし 業」の第10話感想で触れたハンナ=アーレントとその『全体主義の起源』に引き付けて書くなら、感覚・感情の奴隷になるのも、観念の怪物になるのも等しく愚かな行為だと言えよう(ちなみにアーレントは全体主義の構造として、その思想が純粋培養される=ノイズが排除される構造について深く考察しており、それが複雑な外界=反証に出会った時に意外な脆弱性を露呈していたことにも触れている)。

 

己の感覚・感情と理論の双方に目を向けつつ、対象の複雑性・多様性を単純化せずに向き合うこと(≠理解できる・全肯定する)・・・これからますます複雑性・多様性が増し、過剰流動性の中で不安と分断が進む中、その状況に抗おうとするならまずこの基本的スタンスを身に着ける以外にはない、と思う次第である。

 

 

[補足]

とはいえ、今述べたような姿勢は、しばしば価値相対主義として批判的視座を持たぬ態度へと堕することにもなりがちである。これはについては、いずれリチャード=ローティやマルクス=ガブリエルなどを絡めつつ書いてみたいと考えている。

また、本文では一応理想論として必要なスタンスを書いたが、私の基本的な未来予測はどんどんそれとは反対方向に行く、というものである(理想論を意識して何とかなるんだったら、とっくのとうに解決してるわという話だ)。この点はアバター(それこそVtuberにも絡む)の汎用化やAIの件も絡めつつ、いずれまた述べていきたいと思う。


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