日の終わりに劔神社詣で。ここは織田信長の、由来に関わる場所とされる。
信長というと「神仏を恐れぬ既存の権威に挑戦する革命児」とみなされてきたが、今ではその保守的側面が様々指摘されているのはよく知られているところである(ちなみに、剣大明神が信長の氏神であるという理由で様々な税を免除するよう指示した柴田勝家の書状も残っている)。
まあ一向一揆との戦いや最終的に足利義昭と袂を分かつ結果になり、かつそういったイメージが江戸時代の『甫庵信長記』など軍記物(今風に言えば歴史小説)で増幅された結果、それが時代劇はもちろん戦前~戦後の教科書にすら大きな偏りを生んだのであった。
この辺は、いわゆる江戸時代の「鎖国」が、明治政府による幕府批判のプロパガンダとして実態とは異なる形で喧伝されたことなども含め、公式の歴史=無色透明などではないことに注意が必要である(江戸幕府の目的・政策は要するにキリスト教の封鎖であり、いわゆる「四つの口」からわかるように、その政策は部分的海禁とでも呼ぶべきものであった)。
一通り見た後、資料館にも足を運んでみる。まあ正直こっちはあまり大した内容ではないやろな・・・と思いつつ昼飯も近いしサクっと見てはいるつもりで入館。
一通り見た後、資料館にも足を運んでみる。まあ正直こっちはあまり大した内容ではないやろな・・・と思いつつ昼飯も近いしサクっと見てはいるつもりで入館。
内装はキレイっすなあ😀
いや、これもうネタやん!天下布武と書かれたitemを、蘭奢待に変えたらおもろいんやが🤣
てな感じで先に進むと、
四つの地域の説明が詳しく書かれている。これはなかなかの力の入り様やなと思っていたら、目を引きそうな織田家の由来にまつわる資料や可能性の考察はもちろん、神宮寺としての由来に絡めて、神仏習合にも踏み込みだ話が書いてあっておもしろかった。
聖地巡礼的なネタも取り入れつつ、しかし展示や考察はなかなかにしっかりしたものとなっているので、神社(もしくはこの付近)に来る機会があったら、ぜひ立ち寄ることをお勧めしたい。
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