銀河英雄伝説と言えば、今から遥か未来の世界にもかかわらず、むしろ多くの箇所で先祖返りしている要素が描かれているが、この動画ではその「停滞」の要因を、宗教・思想の軽視、物質文明化に求めているのは興味深い。
それは「宗教は豊かな生活のために重要なんだ!」みたいなどっかで聞いたようなスローガンを述べているのではなく、科学の発展には、「見えない世界の探究」という宗教と類似のベクトルが必要であり、その要素が人間から大きく失われた文明においてパラダイムシフトは起きない、という話である。
もちろん、これは物語世界を理解するための理屈であるので、現実世界がこの通りに展開すると言うつもりは全くない。また、そもそも未来なのに前時代的要素が含まれているというのは、そもそもゴリゴリのSF世界ともゴリゴリの時代小説とも差別化するための言わば作劇上の都合であり、それが単なるご都合にならないように、巨大核戦争やそれを通じた宗教(不可視の世界・超越的なるもの)への失望は描くが、一方で収拾がつく程度に自由惑星同盟はアメリカ的要素、銀河帝国はドイツ的要素(「劣悪遺伝子排除法」がナチスの優生思想からきているのはその典型)を持たせた構成となっているとみることができるだろう。
さりながら、以前『映画を早送りで観る人たち』や「ファスト教養」に関しても述べたように大衆の中では「情報のフォアグラ」化が進み、手短な快楽を求める行動様式が強化されていき、同時に陰謀論のようなわかりやすい結論へと飛びつく傾向が強まってきている(これに価値観の多様化や社会の複雑化が並行して進むことで、社会の混迷化の度合いを加速させている)。
このような中で、民主主義の名の元に分断が進む自由主義の象徴アメリカの混乱が目につく中、急速に成長している(ように見える)中国が「自由よりも権利を集中・制限して社会を回した方が効率よく発展するんじゃないの?」と自己の優位性を主張する状況を見るに、銀河帝国的なるもの(宇宙規模での「自由からの逃走」)が将来生まれるという発想は、それなりに説得力のある話に思える。
ちなみに、現代社会では富の再配分という事情もあり、気の長い理学的(基礎)研究よりも、わかりやすく手短に利益の出る工学的研究を政府は行うべきだ(言い換えると、何の役に立つのかもわからん研究に税金を投入するな!)という主張が強くなっているのは、銀英伝の話と全く同じではないが、パラダイムシフト後退の予兆としては重なるものがあるように思える。
というわけで、銀河英雄伝説の世界の成り立ちを元に、それが描かれた50年後の世界と重ね合わせながら考えてみると色々興味深い、と感じた次第。とはいえ、先に述べた作劇上の都合に大きく関わると思われるが、同作に大きく欠落している要素は、AIや認知科学の部分である。
著名な作品で言えば、ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』が典型だが、要するに科学が発達した結果人間の快楽が人工的に与えられる結果、サイバネティックディストピアとでも言うべき世界が惹起したものもある訳だが、現在のAIの急速な発達を見るに、この要素は外すことはできないように思われる(まあそこを強調するとスペースオペラにはならんからしょうがないねw)。
つまり、急速な技術の発達と、対人コミュニケーションのコスト上昇に立ち会った結果、今の人類ではAIの「進化」と人間の「劣化」とでも呼ぶべき状況が生まれている訳だが、そもそもこの状態が加速していくなら、わざわざ宇宙に出るなんていうのは、余裕と暇のある金持ちの道楽であり、それがない人々は地上でキャンDでもかじって一時の快楽をバーチャルで得ながらひたすら日常を過ごす、となる可能性は高い。
そしてこの状況になると、そもそも宇宙への大々的な進出を目論む前に、人間は己が発達した技術が作り出した繭の中で安寧を貪ってそのままその中で窒息死する未来の方が現実的ではないかと思う次第である。
以上。
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