ストレス~不快なものへの態度~

2009-01-31 20:21:56 | 抽象的話題
以前「吸血鬼かりん」の記事において、作中では吸血がストレスなどを吸い取るよい行為であるため、きちんとした理由説明がなければ止める説得力がない、と述べた。とはいえ、上記の見解を一般化させて、「ストレスのない状態がいい」と言い切ってしまうのなら、それは極端過ぎるというものだろう。


例えば、ストレスが結果として人を成長させることもある。これは個人的な経験でだが、私が不本意な高校時代を送ることがなければ、現状への強い不満やそれまでの自分への反省に基づいた大学入試への「情念」も生まれなかったに違いない。またストレスは決して避けられないものであるから、それを厭う気持ちが強すぎればちょっとしたストレスにも過敏に反応するようになってしまい、かえってストレスを増大させてしまうという負のスパイラルに陥る危険性もある(それは例えば、菌を毛嫌いして除菌に固執することでかえって不衛生な状態を作り出したり身体の抵抗力が弱まってしまい、結果として状況を悪化させてしまうのに似ている)。


ストレスは確かに不快なものだが、それを避けることに固執し過ぎればかえって逆効果なのである(「不快感の表明が奨励される社会」、あるいは「宗教と思索:今日的思考の原点」の※2)。しかしそれでも、ストレスに対する過敏な反応というのは(少なくともしばらくの間)無くなることはないだろう。またそれだからこそ、「吸血鬼かりん」において吸血行為がどのように扱われていくのか興味深いのである。
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