A Slow Life of Mister Masuda

定年退職後のスローライフを公開!

Day 065

2006年02月05日 09時56分50秒 | 航海日誌
第65日目(7月24日)
ママの風邪はまだ完全に治りきらず。
朝8時から10時まで右舷5マイルにキューバの島々が見えた。
終日碁会所。
夜はシアターで映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」を鑑賞。
明日はカリブ海の真っ只中ジャマイカ・モンテゴベイ,
映画で気分も盛り上がってきた。



Day 064

2006年02月04日 09時39分44秒 | 航海日誌
第64日目(7月23日)
足の調子悪く船内のクリニックで鍼、灸、マッサージの治療を受けている。
レントゲンでは骨には異常が無いそうだ。
不具合が長引いているが転倒した時の打身が原因か?
それとも加齢によるものか明日先生に聞いてみよう。

明後日7月25日は一日だけだがジャマイカに停泊だ。
上陸説明会が行われた。
我々はジャマイカでは自由行動の予定であるが
現地情報入手の為、説明会を聞きに行った。





終日夜まで碁会所と海を眺めて暮らす。
ママの風邪はまだ抜けきれていない。



Day 063

2006年02月03日 09時31分52秒 | 航海日誌
第63日目(7月22日)
ママは風邪で依然ダウン中。
朝から碁会所、昼から碁会所と少しハーモニカ。

夕食後 碁会所では最近 「連碁」をよくやるようになった。
白黒二組に別れ一人3手づつ打ってゆくゲームである。
一人3手しか打てないので次の人が小生の意図した打ち方をしてくれない事が
ままあり、戸惑ったり、驚いたり、感心したり 「連碁」は楽しい。
6段の先生が3人いて区切り区切りで解説・指導をしてくれるので
勉強になると思う。

今日も時差一時間で夜長を碁仲間とヘミングウエー・ばーで過ごす。


Day 062

2006年02月02日 20時51分47秒 | 航海日誌
第62日目(7月21日)
カリブ海を南下。
今頃はバミューダの沖か。

ママはニューヨークの三日間,余りにも楽しく、フルに活動しすぎたせいか,
昨夕、船に帰った途端,声が出なくなってしまった。
ひどい風邪(遊びすぎ?)だろう。
今日は、食欲もなく、終日キャビンで寝んでいる。

小生の膝の調子は相変わらず悪い。
楽しみにしていたダンスパーティーに誘われたが、足のことを考えて欠席。
帰国したら「片山整形外科」に行く事になるかも。

海を見ながら終日碁会所。
少し上達して碁敵のMK氏には3目置くようになった。

ハーモニカも独奏会にそなえ独習。


Day 061

2006年02月01日 17時30分21秒 | 航海日誌
第61日目(7月20日)
早朝YM御夫妻が船まで迎えに来てくれた。
港に停泊中はなるべく街で食事をする様にしている。
朝食はオーバーイージーとアメリカ独特のカリカリに焼いたベーコンにしよう。
ゴルフ場への途次オープンしているレストランが中々見つからず
結構苦労して食事にありついた。

今日のゴルフはハワースゴルフ場だ。
小生が昔メンバーだった時の旧コースは、ただただフラットと言う印象だった。
大幅なコース改造でアンジュレーションもでき
大変風格のあるコースに変身している。

クラブハウスもまたマネージメントも代わり、よりアメリカ風で感じが良くなっていた。
とは言うもののコースの所々に昔の面影が残っており懐かしさも感じられた。

足の調子が悪かったのでフラッグを立ててフェアウエー内もカートで走らせてもらう。
バック・ティからプレーしたこともありスコアーはそこそこの97、
気持ちの良いゴルフだった。

YMさんは老いて益々飛ばすようになり85、奥さんも100を切ったのには驚き。
もっとも御両人とも晴耕雨読ならぬ晴ゴルフ雨読の日常だそうだ。
ニューヨークの冬はゴルフが出来ないので来年2月はハワイだそうだ。
我々も10日ぐらい合流しようと言う話が纏まりつつある。

プレー後、マンハッタンの「すしでん」で夕食。
ネタもいいしホスピタリティーも良く楽しかった。
往年のニューヨークで一番と言われた「車ずし」より上。
銀座の久兵衛に近い。
YMさんには大散財をお掛けしたと思う。

我々が住んでいた20年前に比べニューヨークの日本食は
東京の一流所並みになった様だ。
来年は4人でハワイでゴルフの再会を約して帰船。

22時、次の寄港地ジャマイカに向け,満月のニューヨーク港を出港。
クリヤーな夜景、エンパイアーステートビルのカラフルなライトアップ。
今夜は自由の女神像も良く見える。
ベラゾノナロー・ブリッジが見えなくなるまでデッキに佇む。
デッキでは友人達とニューヨーク3日間の行動を報告しあう。

ニューヨークを出帆するとジャマイカまで5日間の航海となる。