一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『クリーピー 偽りの隣人』 ……香川照之の怪演が秀逸な娯楽スリラー映画……

2016年06月20日 | 映画
『トウキョウソナタ』(2008年)
『岸辺の旅』(2015年)
などで知られる黒沢清監督作品である。
『トウキョウソナタ』はとても面白かったので、レビューを書いたが、
『岸辺の旅』は、世評は高かったものの、
私にとってはイマイチの作品だったので、レビューは書いていない。
全面的に「好き」と言える監督ではなかったが、
興味のある監督の一人だったので、
本作『クリーピー 偽りの隣人』も見たいと思った。
私の好きな俳優・香川照之も出演しているし、
興味津々で映画館へ出掛けたのだった。


犯罪心理学を専門としていた刑事の高倉(西島秀俊)は、
連続殺人犯の取り調べをしていたとき、
犯人の心理に興味を示すあまり、
背中を刺され、逃走を許し、一般人まで死なせてしまうという失態を犯す。
一年後、
その事件をきっかけに警察を退職し、大学の教授となり、
妻の康子(竹内結子)や愛犬のマックスと共に、
郊外の一軒家へ引っ越す。


大学で教鞭を取っているうちに、
「日野市一家行方不明事件」に興味を抱く。
一家4人のうち、両親と兄の3人が忽然と姿を消し、
当時中学生だった妹だけが残されていたという謎の事件である。
早紀の証言が曖昧だったこともあり、
3人の行方は分っておらず、
未解決のままとなっていた。
かつての同僚である野上(東出昌大)から、
この6年前の一家失踪事件の分析を頼まれた高倉は、
野上と一緒に訪れた、その事件現場の家で、
たった一人の生存者である早紀(川口春奈)に出会う。


彼女によれば、両親や兄は何者かに支配されていたような気がするという。


一方、新居に引っ越したのをきっかけに、
康子は近所へ挨拶をしに行くが、
隣家の主人である西野(香川照之)は、
尊大で無礼な、気味の悪い中年男であった。
西野は、道端で出会った高倉に対しても、
康子の態度をなじり、一方的に文句をぶつける。


だが、
「感じ悪くてどうもすみません」
と急に態度を翻しては、笑顔を振りまく。
そして、西野の娘の澪(藤野涼子)と共に、
高倉夫妻に近づいてくる。


〈悪い人ではないのか……〉
と警戒を解くと、
澪が、ある日、
「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」
と、高倉に告白する。


掴みどころのない不気味な隣人・西野は、
まるで、白アリのように、
じわじわと高倉夫妻と家を食い荒らしていく……



原作は、一応、
前川裕の日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作『クリーピー』となっているが、
原作には忠実ではなく、
ほとんどオリジナル脚本と呼んでもおかしくないほどのストーリーであった。
黒沢清監督作品ということで、
しかも前作が『岸辺の旅』だったので、
最初はちょっと身構えて見ていたが、
途中から「突っ込みどころ満載」(笑)となり、
娯楽スリラー映画だと割り切って見ることにした。


とにかく香川照之の怪演が秀逸で、
気味の悪さはピカイチであった。
タイトルのクリ―ピー(creepy)とは、
「ゾッとするような」とか「身の毛がよだつ」という意味の形容詞で、
虫が這いずる様などを表現するときに使われる単語だそうだが、
ストーリーというより、
香川照之そのものが「クリ―ピー」であった。


最初は、
〈傑作かも……〉
と思って見ていたが、
先程も述べたように、
途中から「突っ込みどころ満載」となり、
〈え~〉
と心の中で叫ぶことが多くなった。
その一つひとつを箇条書きにしてもいいのだが、
そうするとネタバレになってしまうので、
ここではグッと我慢。(笑)
ネタバレしない程度に、少しだけ打ち明けると、
途中から、
「偶然が多く」なり、
「都合のいい」ストーリー展開となり、
筋弛緩剤のような「謎の注射」も登場し、
普通に鑑賞していると、かなり「白ける」内容なのである。

黒沢清監督は、本作を「娯楽映画」と割り切っていたようで、

娯楽映画って、そういうところがないですか? 「そろそろ見せ場に行きたいでしょう?」とお客さんにサービスする意味で、展開をすっ飛ばしていく。その代わり、期待以上の見せ場は用意していますからという。(『キネマ旬報2016年6月下旬号』)

と語り、
日野市一家行方不明事件の現場となった家に、
高倉と野上が行くと、
そこに、唯一の生存者である早紀がいるという偶然についても、

そこも狙った部分です。こんな偶然ってあるのか、みたいな。ある人物を追っていたら、まさに探し求めて本人がそこにいた。実に都合がいいんですけど(笑)。その後になにがあったのかもほとんど省略されていて、早紀を訪ねて一悶着があったらすぐに取り調べていく。ポンポンポンと物語を進めたかったんです。(『キネマ旬報2016年6月下旬号』)

と、「意図的」であったと語っている。
一場面一場面に立ち止まらずに、畳みかけていく手法は、
黒沢清監督の特徴でもあるのだが、
先が読めてしまう展開を避けたかった……ということもあったようだ。

……そうなると先の展開がなんとなく読めちゃう。それがイヤなんでしょうね。唐突でありたいという。どうせ語られなくてはいけない事柄でも、予想のつかないかたちで見せたいんですよ。もちろん、話をコンパクトにしたいのもありますが。(『キネマ旬報2016年6月下旬号』)

「突っ込みどころ満載」の映画であるが、
最後まで見せられて(魅せられて)しまう不思議は、
こんな黒沢清監督の思惑があってのことだったのだ。
「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどで、
ビックリするような低評価になっているのは、
こうした黒沢清監督の思惑を知らない人々の評価だからだ。
それはそれで正しい評価でもあるのだが、
黒沢清監督作品を楽しめないようでは、
せっかく映画館に足を運んだ甲斐がない。
要は、映画は、「楽しんだ者勝ち」なのだ。


香川照之の怪演を楽しみ、


竹内結子の美しさを楽しみ、


西島秀俊のイケメンを楽しみ、


身の毛がよだつストーリーを楽しむ。


驚いたことに、
この『クリーピー 偽りの隣人』はR指定ではない。
だから子供でも見ることができるのだ。
黒沢清監督の「R指定には絶対にしたくない」という強い決意があったからのようで、
よって、本作では、血はほとんど流れない。
それから、性描写もまったくない。
そういった工夫も見所のひとつではないかと思う。
第66回ベルリン国際映画祭の上映では、
高倉(西島秀俊)のヘンさがウケたのか、
あるいは西野(香川照之)の猛烈なヘンさが痛快だったのか、
満員の観客が大いに盛り上がり、
「拍手喝采」「爆笑の連続」であったとか。
サイコスリラーではあるが、
いろんな楽しみが詰まった作品でもある。
映画館へ、ぜひぜひ。


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