一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『マチネの終わりに』……石田ゆり子、桜井ユキの美、そしてギターの調べ……

2019年11月03日 | 映画

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平野啓一郎の小説『マチネの終わりに』のレビューを書いたのは、
2017年01月15日だった。
もう2年10ヶ月も前のことになる。
とても感動した小説で、
レビューの最後に、私は、次のように記している。


この小説は、読後、何かを語りたくなる。
だが、多くを語ると、次の読者の妨げになるやもしれぬ。
だから、『マチネの終わりに』の中に散りばめられた多くのアフォリズムの中から、
最も重要なひとつを紹介して、このレビューを終えたいと思う。


人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えているんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?(29頁)


この「過去は変えられる」という言葉は、
物語の中に何度も登場し、重要なキーワードとなっている。
小説を読む際の“道標”として覚えておいてほしい。



図書館で順番待ちをすれば、読めるのはいつになるか分らない。
本の価格は、1700円(税別)。
映画1本分の価格だが、
間違いなく映画1本分以上の価値があるし、
再読、再々読にも堪えうる小説だ。
80代、90代の女性に、
「歳を忘れ、血を騒がせた。しばらくはマチネロスが続きそう」(80代・女性)
「人生の終わりに、いい作品に巡り逢えて幸せです」(90代・女性)
と言わしめる物語など、そんなにはない筈。
小説を読む楽しみを存分に味わえる『マチネの終わりに』。
たぶん貴女のために書かれた物語だと思う。
ぜひぜひ。

(全文はコチラから)

当時から映画化が囁かれていたが、
それが今年(2019年)やっと完成し、
11月1日に公開された。
クラシックギタリストの蒔野聡史を福山雅治、
ジャーナリストの小峰洋子を石田ゆり子がそれぞれ演じ、
私の好きな桜井ユキ、木南晴夏も出演している。
監督は、『容疑者Xの献身』など、多くの作品で福山雅治とタッグを組んでいる西谷弘。
はたしてどんな作品になっているか……
ワクワクしながら映画館に駆けつけたのだった。



世界的なクラシックギタリストの蒔野聡史(福山雅治)は、


公演の後、
パリの通信社に勤務するジャーナリスト・小峰洋子(石田ゆり子)に出会う。


ともに40代という、独特で繊細な年齢をむかえていた。
出会った瞬間から、強く惹かれ合い、心を通わせたふたり。


洋子には婚約者のリチャード新藤(伊勢谷友介)がいることを知りながらも、


高まる想いを抑えきれない蒔野は、洋子への愛を告げる。


だが、蒔野のマネージャー・三谷早苗(桜井ユキ)は、
嫉妬が入り交じった複雑な心情を抱え、ふたりを見つめていた。


それぞれをとりまく目まぐるしい現実に向き合う中で、
蒔野と洋子の間に思わぬ障害が生じ、


ふたりの想いは決定的にすれ違ってしまう。
互いへの感情を心の底にしまったまま、
別々の道を歩む二人が、
辿り着いた愛の結末とは……




この手の大人の恋愛ドラマは、
映画化されると、陳腐な作品になることが多いのだが、
本作『マチネの終わりに』は、なかなかの作品に仕上がっていた。
その大きな要因は、やはり脚本を担当した井上由美子だろう。
TVドラマでは、
『ギフト』『GOOD LUCK!!』『エンジン』などの木村拓哉主演作品を担当し、
『白い巨塔』『14才の母』などの社会問題を題材にした硬派な作品も手掛け、
『同窓会〜ラブ・アゲイン症候群』『昼顔〜平日午後3時の恋人たち』などの大人の恋愛ドラマでも手腕を発揮し、ヒット作を連発してきた才能あふれる脚本家だ。
映画の脚本としては、
『ジャンプ』(2003年)
『昼顔』(2017年)
に続く3作目となるが、
本作『マチネの終わりに』の場面展開もスムーズで、よどみなく、
楽しく見続けることができた。
井上由美子が手掛けたこの脚本の果たした役割は大きい。


なかなかの作品に仕上がっている第2の要因は、
やはり音楽だ。
最初から最後まで、ギター演奏の曲が流れ続ける。
これが実に心地好かった。
音楽は菅野祐悟が担当しているのだが、
福田進一がクラシックギター監修をしており、
多くのシーンで演奏も担当している。


そもそも、小説『マチネの終わりに』は、
作家・平野啓一郎とギタリスト・福田進一の偶然の出会いから生まれている。


2003年にたまたまストックホルムに滞在していた時に平野さんと出会いました。その時は挨拶程度の話しかしなかったのですが、2010年頃からTwitterなどを通して交流するようになりました。2011年に僕はJ・S・バッハの『シャコンヌ』や『無伴奏チェロ組曲第3番』などを収録したアルバムを出したのですが、それを平野さんが聴いてくれた。その後、突然に『ギタリストを主人公にした物語を構想しているので、話を聞かせてくれないか』という展開になり、我が家に平野さんがやって来て、深夜遅くまで話し込むという機会があったのです。それが平野さんの中で大きく膨らんでいって、この小説となった。小説の中に『未来は常に過去を変える』という言葉が出て来ますが、今の時点で振り返ってみると、まさにそれが実感として感じられますね。

と福田進一は語っていたが、
映画『マチネの終わりに』についても

今回の作品ほどに、全編にクラシックギターによる音楽を使った映画というのは無かったし、おそらく、これからも無いでしょう。とても貴重な体験をさせて頂きました。映像のリズム、テンポ、雰囲気に合わせて、普段の自分なら弾かないようなテンポ感で演奏した作品もありますし、西谷監督のとてもきめ細やかな演出にマッチした音楽に仕上がっていると思いますので、ぜひ劇場でそれを体験してほしいですね。

と語っている。
クラシックギターの調べに酔わされながら、
美しい風景と、
美しい女性たちの顔を見続けているうちに、
123分はアッという間に経ってしまった。



その美しい女性の一人は、
ヒロイン・小峰洋子を演じた石田ゆり子。


年齢は本人も公表しているので記載するが、
1969年10月3日生まれの50歳。(2019年10月現在)
50歳にはぜんぜん見えないし、いつまでも若々しく、
数十年に渡って我々男性を魅了し続けている。


男は誰でも彼女を好きになってしまうと思うし、
彼女が嫌いだという男性にはまだ会ったことがない。
大人の恋愛ドラマというと、
なんだかドロドロとしたものになりがちなのだが、
本作がそうなっていないのは、
年を重ねれば重ねるほど失われていく清楚さや清潔感というものを、
石田ゆり子という女優が失っていないからだと思われる。


そういう意味で、
石田ゆり子は、
先日亡くなった八千草薫のように、
いつまでも愛される女優であり続けるような気がする。



もう一人の美しい女性は、
蒔野聡史(福山雅治)のマネージャー・三谷早苗を演じた桜井ユキ。


個性的な顔立ちの女優で、
“遅咲き女優”と言うにはまだ若いと思うが、
最近は重要なキャラクターを任せられることが増えているように感じる。
今年(2019年)は、
NHKの連続テレビドラマ『だから私は推しました』で連ドラ初主演し、


多くの人に認知された。
私自身も毎週欠かさず観ていたドラマで、
彼女の魅力を再認識できたドラマでもあった。


現在放送中のTBS系連続ドラマ『G線上のあなたと私』では、


バイオリニスト・久住眞於を演じており、


バイオリン教室の生徒・加瀬理人(中川大志)に憧れられ、恋される役。


このドラマも私は毎週観ていて、
桜井ユキと波瑠の美貌に毎週癒されている。


本作『マチネの終わりに』では、
蒔野聡史(福山雅治)のマネージャー・三谷早苗を演じているのだが、
自身のマネージャーを観察して役作りをしたとか。
ガッチガチに固めて臨むのではなく、その場の雰囲気に合わせるのを心掛けているそうで、
余白のある演技を理想としている。
本作では福山雅治、石田ゆり子に次ぐ重要な役で、
ふたりに一歩も引けをとらない演技で魅せる。


桜井ユキ自身は福岡県の出身だが、
本作『マチネの終わりに』でも博多の出身という役柄で、
長崎県出身という設定の小峰洋子を演じる石田ゆり子との、
博多弁と長崎弁のやりとりもあって、面白かった。



主人公の蒔野聡史を演じた福山雅治。


私は、以前、
映画『蜜蜂と遠雷』のレビューで、

映画で、ピアノを演奏するシーンがある場合、
俳優に演奏(しているふりを)させるか?
プロのピアニストに演技をさせるか?
の二択になるのだが……(後略)


と書いた。
「ピアノ」を「ギター」に、
「ピアニスト」を「ギタリスト」に変換すると、
本作でもこれは当てはまる。
ギターの種類に違いはあれど、
ギターが弾けるミュージシャンで、俳優でもある福山雅治は、
蒔野聡史という役にぴったりであった。
クラシックギターを何本も自費で購入し、(映画出演のギャラを超える金額であったらしい)
福田進一らの特訓を受けて、猛練習したとか。


その甲斐あって、
映画で見る限り、演奏シーンに(手と顔を別撮りするような)不自然さがなく、
終始、安心して見ていることができた。


映画『マチネの終わりに』オリジナル・サウンドトラッCDには、
福山雅治の演奏による、映画のメインテーマともなる「幸福の硬貨」(作曲・菅野祐悟)も収録されているそうなので、福山雅治ファンは要チェックだ。


その他、
蒔野聡史(福山雅治)の師である祖父江誠一(古谷一行)の娘・奏を演じた木南晴夏、


蒔野を担当するジュピターレコードの社員・是永慶子を演じた板谷由夏、


小峰洋子(石田ゆり子)の母・信子を演じた風吹ジュンが、
作品に“品”と“潤い”をもたらし、秀逸であった。



日本映画では、大人の恋愛モノで成功した作品はあまりないのだが、
本作『マチネの終わりに』は期待以上の出来で、かなり楽しめた。
今でもギターの音が耳朶に響いていて、消えない。
映画館で、ぜひぜひ。

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