私が、末井昭著『素敵なダイナマイトスキャンダル』(北宋社・1982年刊)を読んだのは、
本が刊行された翌年(1983年)くらいではなかったか。
1970年代末から1980年代前半にかけて、
椎名誠を筆頭に「昭和軽薄体」(くだけた喋り口調の饒舌な文体)の本が流行っており、
末井昭の『素敵なダイナマイトスキャンダル』も、
「昭和軽薄体」の作家達(椎名誠、嵐山光三郎、東海林さだお、南伸坊、篠原勝之……)の本と一緒に並べられていたように記憶している。
だから、軽薄な面白本として手に取ったと思うのだが、
その冒頭の文章に仰天した。
芸術は爆発だったりすることもあるのだが、僕の場合、お母さんが爆発だった。
最初は派手なものがいいと思って、僕の体験の中で一番派手なものを書いているのであるが、要するに僕のお母さんは、爆発して死んでしまったのである。と言っても、別にお母さんが爆発物であったわけではない。自慢するわけじゃないが、お母さんはれっきとした人間だった。
正確に言うと、僕のお母さんと近所の男の人が抱き合って、その間にダイナマイトを差し込み火を付けたのであった。ドカンという爆発音とともに、二人はバラバラになって死んでしまった。
書き出しが衝撃的であったし、
内容も、他の「昭和軽薄体」の作家達とは違っていたように感じた。
「昭和軽薄体」の作家達は、くだけた喋り口調の饒舌な文体を用いてはいるものの、
インテリであったり、アーティストであったりと、
“軽薄”を装ってはいるが、人間的には“まっとう”な人が多かった。
だが、『素敵なダイナマイトスキャンダル』の末井昭だけは、異質な気がした。
“装い”感がまったくないのだ。
読み手の方が心配になるほど、ハチャメチャだったのだ。
1980年代後半には、
「昭和軽薄体」も勢いを失い、
平成に入る頃には、この言葉自体は同時代性を失い死語になった。
「昭和軽薄体」の作家達も文化人としてそれぞれのポジションに納まり大人しくなったが、
末井昭だけは相変わらず破天荒な人生を歩んでいた。
だが、バブル時代(1980年代後半から1990年代初頭)が終焉し、
日本自体が“浮かれ気分”から脱し、
“まっとう”な生き方を志向する人が増えると、
末井昭という男がいたことも忘れ去られ、
私自身も彼のことをすっかり忘れていた。
『素敵なダイナマイトスキャンダル』が刊行されてから36年後の、
今年(2018年)初頭、
この末井昭の自伝的エッセイが映画化されることを知った。(3月17日公開)
主人公の末井昭役を柄本佑が、
ダイナマイト心中を図る母・富子役を尾野真千子が演じるという。
その他、前田敦子、三浦透子、峯田和伸、松重豊、村上淳など、
面白そうな面々が顔を揃えている。
監督は、(私の好きな)『パンドラの匣』(←クリック)の冨永昌敬で、
音楽を、冨永監督と『パンドラの匣』等でタッグを組んでいる菊地成孔が担当している。
〈見たい!〉
と思った。
上映予定館を見ると、佐賀のシアターシエマも入っていたので、一安心。
だが、上映期間は、4月20日(金)から4月26日(木)までの1週間で、
1日1回(18:00)のみの上映。
〈このチャンスを逃してなるものか!〉
と、先日、仕事を早めに切り上げてシアターシエマに駆けつけたのだった。
バスも通らない岡山の田舎町に生まれ育った末井少年は、
7歳にして母の衝撃的な死に触れる。
肺結核を患い、医者に見放された母・富子(尾野真千子)が、
隣家の若い男とダイナマイト心中したのだ。
18歳で田舎を飛び出した末井青年(柄本佑)は、
大阪の工場で働くも、すぐに絶望し、退社。
父の出稼ぎ先である川崎の工場に就職する。
最初は父・重吉(村上淳)と同居していたが、
その父に嫌気がさし、アパートを出て、下宿先を見つけて引っ越す。
その下宿先で、牧子(前田敦子)と出逢う。(後に結婚)
昼は工場勤務、夜はデザイン学校という生活を送るが、
学生運動の煽りでデザイン学校が閉鎖。
「作画会」に就職し、デザインの話ができる友達・近松(峯田和伸)と出会う。
その縁で、キャバレー「クインビー」に入社。
看板やチラシ、オブジェなどを作るが、芸術性が災いしてか不評。
情念が爆発して、ペンキを体に被りストリーキングを行う。
その後、エロ雑誌の世界へと足を踏み入れた末井は、
表紙デザイン、レイアウト、取材、撮影、漫画と、あらゆる業務をこなしながら、
編集長として、
「立て!男のエキサイト・マガジン」
をキャッチフレーズに雑誌『NEW SELF』を創刊する。
写真家の荒木経惟(菊地成孔)ら精鋭たちがメンバーとして集い、
雑誌は軌道に乗り、
新入社員の笛子(三浦透子)に手を出し、
愛人にする。
順風満帆に思えたが、
わいせつ文書販売容疑で『NEW SELF』が発禁となってしまう。
次に、『写真時代』を創刊し、
ダッチワイフの紹介記事でメーカーからクレームがくるも、
30万部の大ヒットを記録。
だが、警視庁より呼び出しがあり、始末書を提出。
『写真時代』も発禁となる。
その後、『パチンコ必勝ガイド』を創刊し、
末井昭の波乱の人生は続いていくのだった……
末井昭の人生はまさに、
昭和アンダーグラウンドカルチャー史そのものである……
とは言い過ぎかもしれないが、
そう断言してもおかしくはないような映画の内容であった。
『素敵なダイナマイトスキャンダル』だけでなく、
末井昭の他の著作(たとえば『自殺』『結婚』など)も物語に取り入れられており、
風俗店やエロ雑誌出版社を本能のままに渡り歩く末井昭の人生は、
映像化されると本当に面白かった。
実は、私自身も、1980年代初めに、
東京の小さな編集プロダクションで、
なんでも屋のライターとして底辺を這いずり回っていた。
プロダクションとしてアラーキー(荒木経惟)を取材したこともあるし、
少しだけだが、末井昭の人生とも重なる部分があったのだ。
だからだろう、
妙に懐かしく、そして、楽しんで見ることができた。
主人公の末井昭を演じた柄本佑の演技が素晴らしい。
柄本佑はこの時代の頃の末井昭によく似ていて、
まるで末井昭本人が出演しているかのようで、
なんだかドキュメンタリー映画を見ているような感じであった。
今年度の「一日の王」映画賞の主演男優賞候補にしようと思っているが、
内容が内容だけに、日本アカデミー賞の方は無理かもしれない。
末井昭の愛人・笛子を演じた三浦透子。
彼女の演技が、とにかく素晴らしかった。
『素敵なダイナマイトスキャンダル』ではほとんど触れられておらず、
主に『自殺』の方に書かれている女性であったが、
末井との不倫関係から腐れ縁的な倦怠へ移行し、
やがて精神に異常をきたしていく女性の凄惨な顛末が描かれているのだが、
この難しい役を、三浦透子は見事に演じ切っている。
彼女も、今年度の「一日の王」映画賞の助演女優賞の有力候補である。
この映画の中で、
私が一番好きな場面は、
末井青年(柄本佑)と笛子(三浦透子)が、
湖のほとりで密会デートしているシーンなのであるが、
ここで、ママス&パパスの1965年の名曲「夢のカリフォルニア」が流れる。
この映像と音楽の組み合わせが絶妙で、
私は身震いするほど感動した。
私が編集プロダクションで働いていた頃、
先輩社員が、独立して、自分の(編集プロダクションの)会社をつくった。
その社名が、「ママス&パパス」だった。
ママス&パパスが好きだった先輩らしい社名で、
その会社に私も誘われたのだが、
九州に帰ることになっていたので、断らざるを得なかった。
ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」が流れたとき、
映画のストーリーとは別に、
私自身の東京時代の思い出(コチラを参照)も蘇えってきて、
(繰り返すが)身震いするほど感動してしまったのだった。
ちなみに、
ママス&パパスは、1960年代のアメリカで活躍したフォークグループで、
活動期間は短く(1965年~1968年)、
「夢のカリフォルニア」の他、「マンデー・マンデー」などのヒット曲がある。
ジョン・フィリップス(1935年8月30日~2001年3月18日)
デニー・ドハーティ(1940年11月29日~2007年1月19日)
キャス・エリオット(1941年9月19日~1974年7月29日)
の3人はすでに亡くなっており、
残る1人、ミシェル・フィリップス(1944年6月4日~)は、
その美貌を活かし、主に女優として活躍し、
代表作として、『デリンジャー』(1973年)や『バレンチノ』(1976年)などがある。
話は脱線してしまったが、
柄本佑、三浦透子の他、
ダイナマイト心中を図る母・富子役を演じた尾野真千子も素晴らしかった。
誰しも、
〈NHK朝ドラ女優が、このような役をよく引き受けたな~〉
と思うことだろうが、
尾野真千子の出演作を見続けてきた私としては、
この役のオファーを受けたことを、
〈さもありなん〉
と思ったことであった。
このような役こそが、尾野真千子の“腕の見せどころ”なのである。
冨永昌敬監督作としては、
『パンドラの匣』(2009年)が好きで、
最高傑作と思っていたが、
ここに新たな代表作『素敵なダイナマイトスキャンダル』が誕生した。
『パンドラの匣』でも担当していた菊地成孔の音楽も素晴らしく、
その菊地成孔が演じた荒木経惟もハマっており、文句なし。
「芸術だから脱いで~」には爆笑であった。
ああ、それから、
エロ雑誌の検閲を担当する警察官・諸橋を演じた松重豊も秀逸だった。
末井(柄本佑)とのやりとりにも大いに笑わされた。
ああ、それから、(笑)
エンドロールで流れる尾野真千子と末井昭による主題歌「山の音」も、
上手いんだか下手なんだかよく判らない(爆)名曲。
聴き逃さないように!
書きたいことは山ほどあるが、もうキリがない。(笑)
中高年には、ある種の懐かしさが、
若い人には、斬新さとエネルギーが感じられるに違いない。
内容が内容だけに、日本アカデミー賞にはノミネートされないかもしれないが、
「一日の王」映画賞では間違いなく本年度ベストテンに入る傑作だ。
映画館で、ぜひぜひ。