一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『甘いお酒でうがい』 ……何も起こらない40代女性の日常を描く傑作……

2020年10月02日 | 映画


「平凡な40代女性の日常や悲哀を描いた作品……」
というのだけだったら、魅力を感じなかったかもしれない。
主演が、松雪泰子(佐賀県鳥栖市出身)で、
黒木華(大好き!)が共演しており、


原作・脚本が、シソンヌじろう(天才!)で、
監督が、『モンスター』(2013年)、『でーれーガールズ』(2015年)、『勝手にふるえてろ』(2017年)の大九明子と聞いて、
〈見たい!〉
と思った。


当初、2020年4月10日に公開予定だったが、
新型コロナウイルスの影響で、9月25日に延期された。
で、公開直後に映画館に駆けつけたのだった。



出版社で、ベテラン派遣社員として働く40代独身OLの川嶋佳子(松雪泰子)は、


毎日日記をつけていた。
自由気ままなお一人様な毎日は、
撤去された自転車との再会を喜んだり、
変化を追い求めて逆方向の電車に乗ったり、
見知らぬ人と川辺で歌ったり、
踏切の向こう側に思いを馳せたり、
亡き母の面影を追い求めたり……


平凡そうでいて、ちょっとした感動や、何か発見がある日々。
ちょっぴり後ろ向きだけれど、しっかりポジティブに生きている。


そんな佳子の一番の幸せは、
佳子を慕ってくれる年下の同僚の若林ちゃん(黒木華)と過ごす時間。


ランチはもちろん、お酒を飲んだり、カラオケに行ったり。
自分の誕生日が「昨日だった」と言った時には、
一緒に祝えなかったことを本気で怒られたが、
年の差を超えた友情に心が熱くなり、絆の深まりを感じていた。
佳子にとって若林ちゃんは、
天使の生まれ変わりだと思えるほどの存在となっていた。
ある日、佳子の平穏な日々に大きな変化が訪れる。
それは、
若林ちゃんの後輩男子で、自分よりふた回り年下の岡本くん(清水尋也)との出会い。


天使の存在の若林ちゃんは、
恋のキューピッドとして、佳子と岡本くんとの恋の始まりを演出する。
「白黒がちだった日常にちょっと色がついてきた気がする」
と思い始める一方で、
「なんとなくだけど答えは出ている気がする」
と佳子は自問自答。
鏡の前で何度も、
「素直に受け入れなさい」
と自分に言い聞かせる佳子だが……




「平凡な40代女性の日常や悲哀を描いた作品……」
とは言いながらも、
感動的なエピソードをたくさん盛り込んだ、
ラブコメちっくな、ありがちな物語を想像していた。
だが、まったく違っていた。
本当に「何も起こらない40代女性の日常」を描いた作品だったのだ。
3年前に見た映画『パターソン』(2017年8月26日公開)のように……
『パターソン』は、バスの運転手をしながら詩を書いている男の、
何気ない日常を切り取った人間ドラマであったのだが、
同じような毎日が七日間続くだけの映画で、
あれほど感動したことはなかった。
……一見代わり映えしない毎日が、これほど愛おしいとは……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
その一部を紹介する。


ニュージャージー州パターソンに住む、
町の名と同じ名前のバス運転手のパターソンが、
朝、妻にキスをし、(一人朝食を摂って家を出る)



昼は、バスを運転し、(昼食は、滝の見えるいつものベンチで)


夜は、愛犬と散歩する。(途中、バーに立ち寄りビールを一杯だけ飲む)




そんな、同じような毎日が七日間続くだけの映画である。
月曜日の朝に始まり、翌週の月曜日の朝で終わる。
同じ日課を淡々とこなす男の一週間を見せられれば、
普通は退屈する。
だが、この映画に限り、まったく退屈しないのだ。
日常に詩が満ち、
毎日が、新しく、美しく、
そして、愛おしいのだ。
むしろ、こんな日がずっと続けばいいのに……と思ってしまう。
こんな不思議な映画には滅多にお目にかかれない。
実に好い映画だ。



主人公のパターソンは、
毎日ノートに“詩”を書いているが、
その“詩”をどこかに発表しようという気はないらしい。

(中略)
詩人である主人公の目には、
すべてが新鮮に映り、すべてが詩的なのだ。



この映画を見ると、
書籍化された詩集の中だけに“詩”があるのではなく、
町の至る所に“詩”があり、
町の人々の会話の中に“詩”があることが判る。
この世は“詩”に満ちていることが解る。
そのことに気づかされる幸福感があり、
そのことに気づいた自分への幸福感がある。
こんな平凡でありふれた日常を見せられて、
これほどの幸福感を得られる作品は、本当に稀有なことだ。
奇跡と言ってもイイだろう。
(全文はコチラから)



『甘いお酒でうがい』で、『パターソン』の“詩”に当たるのが、
川嶋佳子(松雪泰子)が毎日書いている“日記”で、
本作『甘いお酒でうがい』は、
川嶋佳子の517日の日記の物語なのだ。

この川嶋佳子を演じる松雪泰子が実に好い。


肩の力が抜けた、落ち着きのある、大人の女性を淡々と演じていて秀逸。
お酒を呑むときの表情、
甘いお酒でうがいをし、呑み込むときの喉の美しさにドキリとする。


本作では、靴や足の描写が多く、
松雪泰子の足の美しさやエロティックさも堪能することができる。(コラコラ)



佳子を慕ってくれる年下の同僚・若林ちゃんを演じた黒木華も、
さすがの演技で唸らせる。
主役である松雪泰子を立てながら、
自分の存在感もしっかりと示す。
静かな物語にさざ波を起こし、クスリと笑わせるのは、若林ちゃんの役目で、
彼女の明るさ、天真爛漫さが、本作に彩りを与える。
「一日の王」映画賞の最優秀助演女優賞の有力候補になりえる演技であった。



若林ちゃんの後輩男子で、川嶋佳子よりふた回り年下の岡本くんを演じた清水尋也。


彼を初めて目撃したのは『陽だまりの彼女』(2013年)という映画であったが、
存在感のある俳優として認知したのは、
『渇き。』(2014年)と、
『ソロモンの偽証 前篇・事件 / 後篇・裁判』(2015年)であった。
その後も、このブログでもレビューを書いた、
『ちはやふる 上の句 / 下の句』(2016年)
『ちはやふる -結び-』(2018年)
『逆光の頃』(2017年)
『パラレルワールド・ラブストーリー』(2019年)
『ホットギミック ガールミーツボーイ』(2019年)
『青くて痛くて脆い』(2020年)
などで、私に鮮烈な印象を残した。
本作『甘いお酒でうがい』では、
自分よりもふた回りも年上の女性に恋をするという難しい役であったが、
年下ではあるものの、大人っぽさや逞しさもあって、
その静かで落ち着きのある演技が素晴らしかった。



本作の原作は、川嶋佳子(シソンヌじろう)著の同名“日記小説”で、


シソンヌのじろうが長年コントの中で演じてきたキャラクター“川嶋佳子”の、


独身40代の平凡な女性に巻き起こるちょっとしたついていない日常を綴った日記なのだが、


女性なら(私は女性ではないが)誰にでも覚えのある人生の物悲しさに、
共感せずにはいられないと思う。
黒木華は、本作についてのコメントで、

甘いお酒でうがい。
なんて詩的で魅力のある言葉なんでしょうか。

川嶋佳子さんの日記からなるこの物語を男性のじろうさんが書いているなんて、なんて繊細で才能のある方なのだろうかと改めて思います。


と語っていたが、同感。
シソンヌじろうが書いた脚本をまったく変えずに、
そのまま演出したという大九明子監督の手腕も優れていて、
詩的で美しい作品に仕上がっていて見事!


掘り出し物と言っては失礼だが、
正直、これほど素晴らしい作品とは思わなかった。
映画館で、ぜひぜひ。

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