トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

麗しき桜買いひとつ

2008-10-06 | 感じるままの回り道

『中卒の記念樹なりしさくら木はいつしか埋もれ影も留めず』

84本の桜で何本が健在なのだろうか

私の樹は山のお稲荷さんに植えたが

積雪に負け 遂には枯れてしまった

この春  山桜を植樹した

「桜の苗が 大きく育つ頃 僕らはみんな 大人になるんだ」

大好きな歌の一節だが

『桜の苗が 大きく育つ頃 僕らはみんな 粉になるんだ』

と言うのが この頃の仲間内での定説だ

時とは なんと揺るぎ無いものだ  脱毛だ


簡単焼き栗たべたどー!

2008-10-06 | 何よりの楽しみ

Sn3d0156 『焼き栗もレンジで叶う良き時代』

『栗食めば焼き芋想う芋食めば焼き栗想うこの身情けな』

オーブンとレンジで出来る簡単焼き栗で食べてみました

出典は「現代農業」平成19年11月号186ページの記事からです

*オーブンでは250度30分(2Lサイズ10個くらい)

*レンジでは600Wで約3分(2Lサイズ10個くらい)

※いずれも座のところに切れ目を入れなくてはなりません  加減は経験ですね

詳細は本誌をどうぞ


道草を食む

2008-10-06 | 感じるままの回り道

『童らは社会のひかり老獪は自分のたね子世襲で囲う』

『虫かごの空でありしや幼子に栗詰めたれば母跳んでくる』

『難聴児歓声上げつ五体振るこの児のたぎり母知る由や』

不安顔の児が 竹切りを途中で止めて

「Batta!」「Totta!」と右往左往だ

しばらくして聞き取れるようになった

両耳に補聴器があるが  身振り手振りが伝わり易かった

この会心の笑顔は

街に戻っても現れるのだろうか


介護大国の悔悟職

2008-10-06 | 小人閑居して憮然

Sn3d0422_7 『維新より威信欠けたる神々の荒ぶり狂う民喰い散らし』

『かくもまあ野蛮無頼な高恥能農水総務厚労その他』

『なるほどと感服しかり師の曰く携わらずに群がる輩』

『秋津島民のたまわり府三百一言言えば重い邪』

九人兄弟の中で唯一  母から手紙を貰ったのが私だ

技能職を廃して  福祉の道に進もうとした時だ

鉛筆書きカナ混じり文「馬鹿なことをするな」と言う内容だ

確かにお先真っ暗な分野だった  男子の仕事でもないと

しかし恵まれなくても自費で研修や指導を受ける雰囲気があった

多くのユニークで先駆的取り組みをしている先達がいた

今は制度として整えられ画一的で窮屈になった

体験的感慨は「奴隷制度・奴隷労働」に近いものがある

「お先真っ暗」が本質的に異なり希望や夢の余地が無い

視点を変えれば  あの頃と同じ夜明け前だろうか

頑張って欲しい


今はもう秋 誰もいない山

2008-10-06 | 感じるままの回り道

『秋雨に抑えて待ちし碧き空すがしと言えばすがしと返る』

『飯食べてもみじ眺めつ虫の音に揺られ揺られて不覚に夢路』

『仰ぎ見る梢の先の群雲のそのまた先の紺碧の空』

『深き森人知らずして往く雲も人声寂と憶え無しかな』

里山に人影があるのは「収奪」の時だけ  「山に柴刈りに」なんておとぎ話の世界だ

ふざけて言えば「八方祭中華八方再」が山の手入れ  ローカルでマイナー いわゆる「選ばれざる道」に間違いない


父母との別れ際

2008-10-06 | 今はうたかた

Sn3d0427_5 「父の命日が近い 墓参りに行かねば」と思いつつ 竹の処理をしていたら

突然 葬儀の時の情景が出てきた  涙もこみ上げてくる

思えば三世代13人家族で暮らして  祖父母の時も両親の時も 死に目には会えなかった

自分が黄泉の国に行く時は覚悟して逝かねばなるまい

『ああ安堵母の苦行は終えたり』

『永久なれば棺の母は半眼の瞳滲ませわれ傍に呼ぶ』

『我が父か寝入る骸の小ささよ』

『病癒え白木に入りし我が父はカサと言いたりコソと言いたり』

『彼岸会や父母身罷りし長病父は餓え責め母痛み責め』

餓は「かつ」だから「餓え」の用法は正しいのかどうか。変換に出たし、心情として「餓」でないと腑に落ちないから用いた。自己流の最大の難関だ。事故流かも。