「台湾の声」掲載の李登輝氏インタビューを転載します。李登輝氏はこう
結んでいる。
「台湾問題は、結局アイデンティティの問題なんですよ。台湾の歴史は長い
間、オランダ、スペイン、鄭成功、清朝、そして、日本の統治時代があり、国
民党そして民主化時代になるわけです。だからこそ、個人が「私は台湾人
である!」といった意識が強く固まれば、たとえ歴史が断続してもそれを超
越できるから心配はありません。「主権は民にあり」。良い総統を選ぶとい
う考え方が人民にあれば台湾はもっとよくなるはずです。」
【キッシンジャーが一番悪い】李登輝元総統 インタビュー(2)
李氏:総統時代、台湾の貿易を発展させるために私も努力しました。中東に
行っては石油関係、東南アジアでも、例えばオランダが台湾に潜水艦を売る
時「直接売るのはまずい」ということでインドネシアでつくった潜水艦を組み
立ててそこで台湾に売るとか。当時、インドネシアはハビビが副総裁でした
が、農民の所得が非常に低く、農業問題専門の私が問題解決のために政
府の要請を受けて行ったこともあります。タイ、シンガポールにも出かけて行
きましたよ。タイのチェンマイでは、当時アヘンばかり作っていたのを辞めさ
せて、果汁の加工事業を台湾が援助しました。その後、タイに基金会をつく
って、台湾の技術者を活用するという手筈を整えるのにも協力しました。た
だ、そのときは中国の圧力がすごかった。つい何年前までは、日本も私の
日本訪問を反対していましたがね・・・。
山本:台湾が民主化されて21年になりますが、総統時代の12年の間に、
民主化の基軸と価値観がつくられました。今では台湾がひとつの国、中国
とは国と国との関係という流れが定着しつつあります。いくら中国が「一つ
の中国」と言っても、台湾人の大勢は反対で、一党独裁の共産主義・非民
主国家とは一つになれないと馬英九総統も言っています。中国として台湾
政策で一番問題になるのは李登輝時代につくられた民主化が大きな壁に
なっています。国と国の関係、これがまさしく21年経っていまほんとうに根付
いてきたという現実を国際社会が改めて認識しつつあると思いますが。
李氏:私が一番中国で悪いと思うのは中国5千年の歴史というのはほとん
どが皇帝統治で、いまも共産党の一党独裁で独裁政治となんら変わらない
やりかただということです。蒋介石も浙江財閥や夫人の宋美齢など内輪で
財産をつくったり、独裁的にやっていました。昔の政治形態、法統式で、こ
の中心はあくまで大中華帝国なのです。皇帝、内臣、外臣、植民地、朝貢
国となっていて、琉球はそういう目に遭っている。韓国も同様です。台湾だ
けは化外の地だったけれども、その台湾に対して、中国は今一生懸命「一
中」を唱えていますね(笑)。
武力で台湾侵略はできない
山本:中国の度重なる圧力にいったい台湾は今後どうなるのか多くの人が
不安に思っていませんか。
李氏:主体性を持ったらいい!
山本:なるほど、それに台湾は民主国家として、世界とのいろんな経済関係
が密接であり、その力は無視できなくなっていますね。胡錦濤主席も武力で
台湾を侵略するとはひと言もいっていませんから・・・。
李氏:武力での台湾侵略は不可能ですよ!
山本:アメリカもそうはさせないでしょう。台湾は今後とも、年数を経て、ます
ます独立国としての体制を固めるのではないですか。逆に中国はその間ど
うなるかわからない。それより中国の分裂、崩壊が先じゃないですか(笑)。
国民不在の憲法改悪
李氏: 台湾はどの国にも所属しない。いまの政府の「一中」という考え方は、
昔からずっとありましたし、いまの共産党までが、この「法統」という形態をく
り返しています。2006年に行った第七次憲法修正によって、国民投票をや
れない憲法に改悪されてしまいました。党利党益ばかりで台湾全体のこと
など何も考えていないんです。
日本の小選挙区制の真似をして日本の区域制度を導入し、立法院の人
数を半分に減らすなど、台湾の組織は混乱をきたしています。
私は、もうこの辺りで台湾人も外省人も区別なく、台湾をひとつにして台湾
人としてのアイデンティティを固め、台湾という国を中心にみんなで一緒にや
ろうと考えています。
台湾の民主政治を曲げた陳水扁
私のあとに総統となった民進党の陳水扁は、台湾の民主政治を曲げてしま
った。その後は逆に馬英九は何もわからず、ただ昔の法統を奉じているだ
けです。彼が総統になった当時、1992年の香港協議で、「92共識」は合意に
達したと言って、事を運んでいるが、この「92コンセンサス」は合意もなけれ
ば、文書化されたわけでもなく存在すらしていません。今の総統は明らかに
人民を騙している。この事実を知っている生き証人は沢山いますよ。
キッシンジャーが一番悪い
キッシンジャーは「両岸の人民は共にひとつの中国であることを強く主張し
ている」と言い、これを基本にして台湾も中国も押し付けをやっています。
「一中」市場というのは香港とマカオみたいなもので、香港もマカオも主権
を英国とポルトガルが放棄したからですよ。台湾は台湾人が主権を握って
るわけですから、ECFAに私は大反対です。
山本:台湾の民主化は台湾人による台湾の大改革だったわけですね。「自
由と民主主義、法治と人権」を価値観とする国家に変貌したわけですから、
これだけでも共産中国とは相容れないですね。
様々な矛盾を抱える馬英九
山本:例えば、次の総統選挙で馬英九氏が当選したらどうなりますか。中国
と政治的な話し合いは行わざるを得ないでしょう。中国側は馬さんに何をも
たもたしているんだと催促しているでしょうからね。
李氏:いまの馬さんは台湾を代表するのかという矛盾も抱えています。「私
は台湾を代表できる」と中国に見せつけようとしても、中国は、「台湾の人民
はあんたに反対してるじゃないか」と見られているのです。そうすると彼はで
きるだけ中国の批判をかわそうと、中国に対してリップサービスしようとして、
台湾人を欺こうとしています。
山本:全く同感です。馬総統は本質的に台湾人民を代表する総統ではなく、
台湾を拠点に国民党が中国を吸収する「一つの中国」と考えているようです
が、これは非現実的な政策です。
李氏:私は、いろんな人を通して情報を得ていますが、馬さんを信じたら大
変ですよ。台湾人民が中国に対して妙に悪い感情持つ理由は、中国が馬
さんの言うことを真に受けていろんなことを押し付けてきますが、台湾人民
にはまったくプラスになっていないからです。
今回の選挙では絶対に馬さんは総統選挙には勝てない! 「馬をおろして
台湾を保護しよう」というスローガンを掲げている。これが私の戦略なのです。
注目の五都市市長選挙
山本:選挙はコピーとキャッチフレーズが勝負を決めると言いますが、台湾人
の主張を世界に発信すべきですね。ところで具体的に次の総統選はどう見
ておられますか。
李氏:馬英九には今後総統を続ける条件が整っていない。五都市の投票総
数は民進党が多いでしょう。今後、馬さんは党内の影響力がなくなって、国
民党の総統候補者として出られなくなる可能性もあります。七月の国民党主
席選挙が鍵です。国民党内部には、対立候補が出てくるでしょう。馬さんは
かつて女性からの支持が高かったが、今では事情が変わってきています。
最も重要な問題は軍隊を退役した人達の大部分が馬さんを支持していない
ことなのです。 次は立法院の選挙です。五都市の選挙は国民党も民進党
も五分五分。民進党の蔡英文氏は、昔私の安全会議に在籍していたことが
ありますが、彼女は民進党が一番調子の悪いときに主席になって、その後
党は上り調子で、最近では補欠選挙でみんな勝っていますよ。この調子でい
けば勝てるでしょう。副総統には経験のあるものをつけることが大事だと思
います。彼女は女性の支持者も多いはずだから、国民党の内部崩しがもし
あれば、調子はいいと思いますよ。 台湾の問題はいまのところ今年の立
法院と行政院と次の総統選挙にあります。簡単にいえば坂本竜馬の薩長連
盟。これがわれわれの考えていることなんですよ。うまくいくかどうかは今年
の7月にもっとはっきりします。
山本:李先生のお話は本音をズバリと話される自由な空気がありますが、こ
のようなお話が出来るのも民主化ならではのことですね。
李氏:昔はこんなことはできなかったからね(笑)。
求められる台湾人としてのアイデンティティ
山本:せっかく李先生が成し遂げた民主化という偉業を途中からねじ曲げよ
うとした陳水扁氏の問題は残念で仕方ありません。
李氏:民進党の人気が暴落したのは陳水扁の汚職が原因です。国民党と
共産党では党の組織、選挙のやり方はまったく違う。民進党はだいたい地
方の組織、選挙組織とか言動とかそういうものがないんです。国民党の組
織がとても堅固で地方の元老に頼っている。一番いい例が高雄です。昔の
高雄市議会の議長の陳さん、市長の王さん、あとの市議会議長の朱さん、
この三人が潰れて、高雄は民進党のものになったのです。
台湾問題は、結局アイデンティティの問題なんですよ。台湾の歴史は長い
間、オランダ、スペイン、鄭成功、清朝、そして、日本の統治時代があり、国
民党そして民主化時代になるわけです。だからこそ、個人が「私は台湾人
である!」といった意識が強く固まれば、たとえ歴史が断続してもそれを超
越できるから心配はありません。「主権は民にあり」。良い総統を選ぶとい
う考え方が人民にあれば台湾はもっとよくなるはずです。