澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

再び「記念艦 三笠」へ

2012年01月13日 09時49分07秒 | hobby

 神奈川県三浦半島の荒崎海岸にある褶曲地形を見にでかけた。東日本大震災以降、三浦半島の活断層に注目が集まっていて、荒崎海岸では露出した活断層が見られるという。
 週日の午後のためか、荒崎海岸には人影が見えず、穏やかな波音が残るだけ。だが、露出した褶曲地層を見るだけでも、太古の日本列島が偲ばれるような気持ちになる。

 (荒崎海岸)

 荒崎海岸を後にして、横須賀市中央部にある「記念艦 三笠」へ。一昨年、ここを初めて訪れたのだが、それは大学で聴講していた「東アジア国際関係史」の授業の中で、教授が参観を勧めたからだった。もういい歳になった私は、子どもの頃、遠足などの授業でこの近くに来たことはあるが、「三笠」に立ち寄ったという記憶はない。考えてみれば、「日教組」全盛時代の学校が、「三笠」を見学先に選ぶはずはなかったのだが…。

 今回は家人と一緒だったので、いろいろな話をしながら、展示を見て回った。たまたま東郷平八郎の展示が開かれていて、東郷本人や「坂の上の雲」の秋山真之の書を見ることが出来た。東郷の書の中には「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」という有名な言葉をしたためたものがあった。「三笠」艦内の歴史展示を見ると、この東郷の言葉は、誇張でもなんでもなく、まさに心の底から出たものであったろう。

 東日本大震災を目の当たりに見て、日本人の多くは自衛隊の必要性を痛感したはずだ。かつて日本社会党は、「自衛隊を災害救援隊に改組せよ」と言い募り、「憲法違反」の自衛隊を消滅させようと試みた。時は移り、「君が代」は嫌いだから歌わないという、「市民運動」出身の菅が総理になり、自らの献金問題(北朝鮮系在日からの政治献金)を国会で問題にされている最中に、あの大震災が発生した。「保身」「我欲」むき出しの菅が、その後どういう行動を取ったのかは、ようやく白日の下に晒されようとしている。

 東郷平八郎と菅直人の落差は、そのまま近代日本の栄光と、現代日本の没落を暗示しているかのようだ。
 「軍事力」は「悪」であるから、「戦争」を考えることはよくない。皆で「平和」を考え、紛争は話し合いを尽くして解決しましょう…こんなことを総理の座にある人間が本気で考えているとしたら、そんな人物を選んだ国民ともども、その国は滅亡の道へと突き進むだろう。
 
 私が勝手に尊敬する宇野重昭氏(前・島根県立大学学長、国際関係論)は、大昔、授業の中で次のようなエピソードを話したことがある。

 「私は島根県で育ち、あるとき鳥を撃つために、猟銃を手にした。山中で銃を手にしたとき感じたその重さ、自分が何かの”力”を得たのだという充足感は、今でも覚えている。権力や闘争を考えるとき、そういう”実感”もまた必要になる。」

 今にすれば、この言葉は、空虚な観念論、お為ごかしの「市民運動」などを戒めた言葉でもあったと思う。

  「記念艦 三笠」の入艦料は、小中学生は無料。大人でも500円。戦前をただ「暗黒」として教えられてきた人、正反対に「坂の上の雲」に感銘した人など、ぜひ訪れるといいだろう。

(記念艦 三笠)

(三笠 艦上)


(左・東郷平八郎の皇国の興廃この一戦にあり」  右・秋山真之の書)