ドイツのイージーリスニング音楽の巨匠、ジェームス・ラストの訃報が伝えられた。享年86。
「ムード音楽」「イージーリスニング音楽」のマエストロが次々と去っていく。
およそ7年前、このブログでも「イージーリスニング音楽最後のマエストロ」と題して彼について書いたことがある。当時、引退が報じられたため、その音楽活動について私見を記した。
1976年のBBCスタジオ・ライブ(下記参照)は、まだ若々しく颯爽としたハンス※の姿をみることができる。
※ ハンスは、ジェームス・ラストの本名。当初、ハンス・ラスト楽団と呼ばれていた。
今年のウィーンでのコンサートは、重病を抱えながらのラスト・コンサートで、聴衆、楽団員からも特別な感情が伝わってくるような気もする。この映像からは、時の流れには誰も抗えないという厳粛な事実を感じてしまう。
1950~60年代にかけて、オーケストラ演奏によるポピュラー音楽が全盛を極めた。ドイツからは、ウェルナー・ミューラー(リカルド・サントス)とベルト・ケンプフェルトが先駆けとなり、巨大音楽市場である米国でもてはやされた。ジェームス・ラストの登場は、イージーリスニング音楽の人気がやや陰りを見せ始めた60年代後期で、1968年「恋は水色」で大ヒットを飛ばした、ポール・モーリアとほぼ同時期でもある。この両者は、マントヴァーニ、フランク・チャックスフィールドなどのオーソドックスなオーケストラ音楽とは異なって、ロックのビートを取り入れ、弦楽器についてもPA(Public Address 拡声装置)を多用するところが特徴的だった。
だが、ジェームス・ラストの音楽は、YouTubeにUPされたライブ映像を見ればわかることだが、卓抜したアレンジ、プレーヤーの演奏技術の高さという点で、ポール・モーリアなど及ぶところではない。1970年代にNHKが招聘して行われたライブ録音を聴いても、その音楽の素晴らしさが実感できる。
これで、イージーリスニング音楽のマエストロは私の知る限り、ミシェル・ルグラン、カラベリを残すのみとなった。
(アルフレッド・ハウゼ楽団「碧空」は、ジェームス・ラストの編曲だった)
(2015年4月ウィーンでのラスト・コンサート)
(1976年BBCスタジオ・ライブ)
(ショスタコーヴィチ「セカンド・ワルツ」)
ドイツ出身の作曲家ジェームス・ラストが86歳で死去した。ジェームスが9日(火)、フロリダの自宅で家族に見守られながら静かに息を引き取ったとマネージャーが認めた。1964年にデビューアルバムをリリースして以来、自身のトレードマークだった「幸せな音楽」で何百万枚ものアルバムセールスを記録し、イギリスなどのテレビ番組でも愛された人物だった。
妻クリスティーンと子供2人を持つジェームスは、昨年9月に命に関わる病にかかっていることを明らかにすると同時に「たくさんの計画を持つ男がペースを落とすだけでなく、ツアーも一緒にあきらめなければならない」として最後のツアー日程を発表していた。3月と4月にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでサヨナラコンサートを開催したあと、4月26日にドイツのコロンで人生最後の公演を行った。
2月にサヨナラコンサートを発表した際、ジェームスは「重要なことは、私のファンたちが彼らの人生で最高のコンサートを体験するということであって、私達はこのコンサートを今までにない『最も幸せな』ものにすることです」とコメントしていた。
最後となるアルバム『ミュージック・イズ・マイ・ワールド』は4年前になるものの、ある時点では毎月2枚のペースでアルバムをリリースするほど何百もの作品を世に送り出した。