7月末、公開された米国の外交文書によって、1971年、中国の国連代表権問題をめぐって、昭和天皇が佐藤栄作首相に「蒋介石を支持してほしい」と伝えた事実が明らかになった。このことについては、このブログでも感想を書いた。
昭和天皇のこの発言は、最近の映画「日本のいちばん長い日」に描かれたような、昭和天皇が一億玉砕、一億総特攻を主張する「軍部」を抑え、戦争終結の「聖断」を下したというような「神話」を自ら葬り去ってしまうほど衝撃的だ。つまり、天皇の戦争責任問題に再び火をつけかねない問題なのだが、御身大事のマスメディアは、決してそこまで踏み込んで報道することはない。
そこで、いろいろな本を漁ってみたのだが、「昭和天皇 退位論のゆくえ」(冨永望著 吉川弘文館 2014年)は、戦争直後からGHQ時代における天皇退位論を新聞史料を中心にたどっていて、ど素人の私でも読みやすく、興味深かった。
「昭和天皇 退位論のゆくえ」(冨永望著 吉川弘文館 2014年)
天皇の戦争責任に言及した高松宮との確執、「退位」の圧力に屈せず「留位」した政治力などを知ると、昭和天皇が極めて「自覚的」にこの国の政治を動かしてきた事実を認めなければならない。終戦に至る政治過程を詳細に見つめれば、「天皇のご聖断が今日の平和を築いた」(上述映画のキャッチコピー)などと、口が裂けても言えないはずなのだ。
出版元のHPには、次のような解説が添えられている。
「日本史上最も長く続いた年号「昭和」が、昭和天皇の譲位によって実際より早く終わる可能性は、少なくとも4回あった。敗戦直後、東京裁判判決、講和条約発効、皇太子の御成婚…。昭和天皇の戦争責任に端を発する退位問題はどのように巻き起こり、論議されたのか。日本社会における天皇の位置づけを考え、戦後の日本人が選択しなかった道を探る。」
「昭和」が遠くなり、巷には団塊世代のジジババが徘徊する時代となったいま、自らの来る道、そして生末を重ね合わせ、「日本社会における天皇の位置づけを考え、戦後の日本人が選択しなかった道を探る」のも一興ではないのか。
同時に、天皇の戦争責任、天皇制国家の功罪を考えることは、近未来の国家的危機に際して、再び同じ愚行を繰り返さないためにも、ぜひ必要なのかもしれない。