勝島運河のしながわ花海道を花散歩の後、立会川から旧東海道を経て、大森貝塚庭園を訪れてきました。
立会川駅近くの立会川に架かる「浜川橋(涙橋)」は、旧東海道の鈴ヶ森刑場で処刑された罪人が刑場に護送される際に、親族が涙を流しながら見送った場所として名付けられた名橋となっているようです。
浜川橋近くにある天祖・諏訪神社は、天照大御神・豊受大神を御祭神とする地域の鎮守様となっており、神々しい雰囲気が溢れていました。
涙橋から旧東海道の南大井通りを経て大森貝塚遺跡庭園へ向かいましたが、旧東海道の宿場を思わせる景観は見られず、高層マンションが建つ街並みとなっていました。
旧東海道から大森貝塚遺跡へ向かう途中の来迎院の前に、江戸時代に作られた地蔵菩薩像の「念仏講石造念仏講供養塔」が設置されて、品川区の有形文化財となっていました。
大森貝塚遺跡庭園には、大森貝塚など縄文時代から古墳時代にかけての遺跡が確認された品川の歴史として、貴重な貝塚の貝層も多く見られました。
庭園内の縄文の広場には、貝塚をモチーフにした岩の回廊が造られて、岩壁には当時を思わせる貝層も見られます。
モース広場の中心には、明治時代初期に貝塚を発見したモース博士の像が設置されています。
回廊の壁に見られる貝層ですが、縄文時代のそのままのものではないようです~
園内の一角には縄文時代を想像する絵画が展示されています。
貝塚庭園から大井鹿嶋神社に向かうと、境内は緑豊かな樹木に覆われて神々しい雰囲気に包まれており、創建1000年以上の古刹として旧大井村の総鎮守となっているようです。
旧社殿の前には、なんじゃもんじゃの木と呼ばれる樹齢200年の2本の「タブノキ」が大枝を延ばして社殿や旧社殿を覆うような姿を誇っています。
品川区の花海道から旧東海道、大森貝塚遺跡、鹿嶋神社などの道に迷いながら品川の歴史を学ぶ歴史散歩でした。