kohは今日も元気です

思うようにブログアップが出来ませんが、俳句のこと、テレビ番組のこと等、日常をぼちぼち書いていきます。

広沢の池

2010-04-13 00:38:06 | 京都

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千代の古道(ちよのふるみち)

        

”嵯峨の山 みゆき絶えにし芹川の 千代の古道跡はありけり” 

                            在原行平(後撰集)

        

「千代の古道」 は平安時代から親しまれている古道で、

京のやんごとなき方々が都から、この道を通り嵯峨院(大覚寺)に

通ったようです。(右京区の常盤、鳴滝辺りから広沢の池の東南に通じる道)

       

佐野藤右衛門さんの所もこの辺りにあるのですが、私はここから

広沢の池に向かいました。(歩いても5分程度です)

      

      

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広沢の池は平安時代中期、遍照寺造営の時、同時に造られた庭池で

月見の名所として知られています。

当時、池を囲むようにお寺の大伽藍が並んでいましたが、

今はここより南に小さなお寺が残っているだけです。

     

また、毎年12月には数日かけて池の水を抜き、養殖していた鯉やその他の

お魚を飲食業の方や一般の方に販売されます。

一度、私も買ってみたいな。   

    

それから古い話ですが私の通った高校には、広いグラウンドがありませんでした。

それで、遠く離れたこの広沢の池の南の方にグラウンドが設けてあり

運動会やクラブの合宿の時にはここに来たのです。

学校がバスを用意してくれる時もありますが、そうでないときは、

嵐電(京福電車)を四条大宮から車折(くるまざき)神社まで乗り、後は歩くのです。

結構歩いたなあ~(@_@。

北へ歩くのですが、当時、辺りは田んぼや畑が広がり途中に一軒、

たばこやお菓子などを売る小さなお店がありそれが

とてもうれしかったのを覚えています。

そう言えば、そばには小さな橋が架かる川があった様な気がします。

   

今は、この辺りも住宅地になって、たくさん家が建っています。

この日も、グラウンドからは、野球部の練習する声が聞こえていました。

いつの間にか、グラウンドはぐるっとフェンスで囲まれてしまって…。

この、菜の花畑の向うにあります。

    

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ここから学生の時と同じように、南に向かって帰って行きました。

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