四季の歌と暮らす

 年齢ごとに「一度っきり」の四季と、
旬(しゅん)のヨコハマを味わう「くりごとの集」です。

高校OB誌への投稿

2023-06-04 19:39:17 | 生かされて今日

 【日本文芸讃歌】

 昭和28年ラ・サール高入学の福永耕二先輩は俳人・水原秋桜子の「馬酔木」編集長で俳人協会新人賞を得て大いに期待されました。が42歳で早世、お目にかかれませんでした。

氏は高校時代から俳句文芸に親炙されたそうで魅力の先輩でした。お目にかかれたら焼酎を一晩傾けてと残念です。

  雲青嶺母あるかぎりわが故郷

  陽炎につまづく母を残しけり

  白南風や帰郷うながす文の嵩

  新宿ははるかなる墓碑鳥渡る

 私は保険会社勤めの50歳から、日本文芸、蕉門の俳句、俳文にのめり込んでおります。文学や音楽、宗教などは軟弱で役に立たぬと思い込んでいた未熟さを大いに後悔しております。

 退職後、蕉門の句集や俳文、万葉集、枕草子、古今和歌集、和泉式部日記など大学や街の先生の講座で学び、住んでいる横浜金沢区(鎌倉文化圏で称名寺や国宝多数を擁する金沢文庫があり、兼好法師が住んでいました)の歴史を教えていただきボランテァガイドを十年いたしました。今年はNHKの「鎌倉殿の十三人」で脚光を浴びることでしょう。

 今、「俳句の伝道師」と揶揄され、5つの句会(「あかざ俳句会」「若葉台カルチャー句会」等)で指導させて頂いております。

「病院より句会に行こう」を標榜、日本伝統の文学に気づき、句会や吟行等に参加、憂き世の錆を落とし心の開放をお勧めしております。

俳句は庶民の歌、誰でも芭蕉翁の遺伝子を持っています。死ぬまで学べる俳句をお勧めするわけは次の通り。

①大自然の四季とともに暮すよろこび。②日本の伝統に触れるよろこび。③感動を言い止めるよろこび。

④語彙が増えるよろこび。⑤ひとの共感を頂くよろこび。⑥友達がふえるよろこび。             

 追伸 「無からん無からん故人無からん」と王維の陽関の詩を吟じられた漢文の先生、ソルボンヌ大学出の先生からフランス語を初めて習ったこと。

  人間は一本の管だよとスッタン山口先生、平山先生、ついて行けなかった微分解析の菊池先生。猶野先生、早坂先生、佐々木先生、ブラザー・アンドルー懐かしいです。 合掌。

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マグロの陸揚げ

2023-05-03 08:53:52 | 生かされて今日

 京浜急行の終着駅、三浦半島の三崎口駅からバスで三崎魚港へ参りました。メジャーな鎌倉と違いマニアックな好みの地域です。

五月晴れの舟遊び、海の景色、城ヶ島灯台や新鮮なまぐろや大根、キャベツ、鎌倉時代の有力軍団・三浦一族の本拠地です。

 金網の向こうでクレーンが船からなにか白い棒状のものを陸揚げしていました。ななんと冷凍マグロの上陸です。人間よりも太った鮪がごろごろ吊り下げられていました。

世界のどこの海を回遊していたのでしょうか。サメと同じ様に高速で泳がなければ死んでしまうらしいです。

横付けの冷凍トラックで運ばれてゆきます。どなたの口を喜ばすのでしょうか。鮪は冬の季語です。

  「大まぐろの束の荷揚げや五月晴」駿

 

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横浜教会の71周年

2023-05-01 07:50:54 | 生かされて今日

 立正佼成会横浜教会の信仰仲間が3年ぶりにご本尊釈尊像のおん前に集まりました。まだ、コロナ防疫のため各支部10名の限定ですが、なつかしいお顔が次々に来られて感動しました。

マスク越しながらしあわせを確認しあう姿があちこちに、人の輪が生まれています。この3年を信心で乗り越えた悦楽の花が咲いていました。

 奥さまをガンで亡くされたヤング壮年、妻を車椅子に押して参拝される方、よろける足弱の老婦人をささえて車から来られる方々、赤ちゃん連れのご一家、当選された議員、落選された方も。

コロナで苦しんだ友も復帰できコーラスを披露しました。

 生活は悲喜こもごも千差万別ながらご本尊釈尊、教えを説かれた庭野日敬開祖への敬愛感謝は一緒です。

10階建ての横浜教会普門館(横浜駅西口)は名もなき多数の信仰者の浄財(布施)で建てられいます。おそらくはほとんど鬼籍にはいられている先達の血と涙の布教伝道のお陰さまです。

 今日は私の母の月命日と妻からメールが参りました。ありがとう。

 

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花の王・ぼたんの花

2023-04-19 07:32:30 | 生かされて今日

 大船にある植物園に牡丹と芍薬とを鑑賞に参りました。終戦後の闇市から大きくなったという駅前市場を抜け、柏尾川沿いに徒歩20分、大船フラワーセンターへ。大船観音の山にはフジの花が垂れ下がっています。

 柏尾川中央の小石に亀が甲羅干して春うららです。牡丹園へ直行します。

 「花の王」の豪華絢爛なようすを楽しみました。原産は中国。

なお、桜はチベット近郊が原産地とか聞きました。西へ伝播した桜は実(チェリー)を楽しみ、東へ伝播の日本では花を愛でる国民的習慣に。

 少し小型の芍薬は可憐な蕾が揺れて素敵です。蕾はにじむ液で濡れていて、蟻ん子が吸っています。濡れたところが光を放っていいですね。

牧野富太郎はかせの様に眼前にして観察して回りました。

なにせ「ぼたんの花と芍薬」とを思いのままにできて、「よくぞオトコに生まれけり」でした。藤のフサも風に揺れまさに春の本番。

戦争をしない日本のありがたさがジンときました。

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歌舞伎座の庭園

2023-04-07 18:53:42 | 生かされて今日

 東銀座の歌舞伎座の5階に空中庭園があり、誰でも一休みできます。一階正面の右側の裏側に下りエスカレーターがあり、地階へ。

歌舞伎にちなむ記念品や弁当、菓子をあきなう店、喫茶店、切符売り場でにぎやかです。

その奥に高層ビル用のエレベーターがあります。空中庭園は5階。上の階には医院群があり驚きました。

 陽がさんさんと降る庭園にはシャガの花や青楓が。阿国(おくに)櫻はすでに散っておりました。前代の鬼瓦が2つ置かれ、鳳凰マークの由来が書かれています。

緋毛氈の縁台に坐り足を投げ出しました。銀座にこんな安らぎが隠れているなんて素敵です。銀座はすでに初夏の日差しでした。

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皇居の桜の通り抜け

2023-03-30 11:46:19 | 生かされて今日

 3月27日皇居坂下門の行列に並びました。3回も持ち物検査等のチェクを受けました。風流人もテロを警戒する皇宮警察や公安の威圧に少々鼻白むものがありました。エトランゼも並んでいます。マスクの強制はありません。

二重橋広場はかって日米安保条約に反対するデモ隊と警視庁機動隊が激突した所。お上りさんの頃、はとバスで記念撮影したことを思い出します。案内してくれた早稲田角帽の従兄弟は惜しくも亡くなりました。

 宮内庁ビルをかすめて乾門までお濠にそって満開のサクラ、芽柳、松の花、山吹の花が揺れて最高の気分です。新宮殿や道灌濠、石垣の上には松の廊下阯。さすがに皇居は広くて枝振りのよい松の木が多いです。

天皇さまに吹く風と同じ風が美しい芽柳を揺らしています。多くの人達が写真を撮りつつ歩きます。乾門をでて千鳥ヶ淵へ。真向かいにそれはステキな煉瓦の建物が。大学の校舎かなと思わせる瀟洒な建物です。昔の近衛師団司令部だそうです。

 国会議事堂に近い千鳥ヶ淵のしだれ櫻がいいですね。異国の家族と糸桜の下のベンチに一休み。戦争だけは人智の力で阻止しなければ地球が滅びますよね。

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椿の美しい庭

2023-03-13 10:37:06 | 生かされて今日

 茅ヶ崎駅南口から雄三通りを海に向かって歩くこと15分、氷室つばき園があります。

財界で活躍された氷室さんの住まわれていた邸宅が庭園つきでそっくり市へ寄贈され、無料で庭が開放されております。湘南海岸が指呼の間で庭にサーフボードが置かれている家もありました。

 高き松の木々や椿の花、土佐みづきやバラなど春の草木が癒してくれます。お住まいの家も歴史的文化財で、広い縁側やガラス戸、大きな岩のたたきなどレトロな雰囲気でした。

縁台にくつろげば、松風に囀り、ひょつとすれば潮騒も耳に快い気分です。明治生まれのわが父母と一緒にいるように感じました。

 茶道家の好む侘助、散っているわびすけも眼前にできました。母親を車椅子に押す婦人も庭園を巡っていました。様々な自然の造形美を堪能、まるで美術館にいる一日でした。

  「美術館に似るつばき園のひと日」駿

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銀座のお稲荷さん

2023-02-21 09:53:04 | 生かされて今日

 春日和で久しぶりの銀ブラにでかけました。有楽町駅から世界のブランドが店を構える並木通りをぶらぶらと南下。銀座は世界とつながっているんですね。もなかで有名な空也には「売切れ」の貼紙が揺れていました。

 資生堂本店にはふるさと鹿児島の友達が昔活躍していました。能で有名な金春座にちなむ金春通りに怪しげな小道が隠れていて、薄暗い奥にお稲荷さんが待っていました。

豊岩稲荷神社です。ナウい朱の壁に二匹のお狐さんが浮かび上がり不思議な空間です。恋愛成就のパワーから女性のお参りが多い由です。

きらめきのギンザの裏にこんなも狭いパワースポットがあるなんてグーですね。

 「春燈や稲荷ををがむ銀座裏」駿

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春が来た

2023-02-06 08:14:10 | 生かされて今日

 疫病と戦争の「濁悪末法の世」にも、ありがたき春が来ました。正月から立春までの我が俳句を書き出してみました。この数十倍の駄作を句帖に眠らせております。

 

ふたりして大口に呑む初日かな

「火の番」の孫の吉書をかざりけり

初読経孫のプラモの汽車の音

ジョーカー引く孫の大泣き松の内

ハチ公前の渦にのまるるお正月

後書きから入るこだはり読始

地図帖にさがすドンバス松の内

酒焼けの傘寿の頬よ鮟鱇鍋

つぐなひのやう恋女房の蒲団干す

島育ちの妻の相伴酢のなまこ

かじかむや終末時計にあとがない

ピンヒール追い抜いてゆく春となり

調子とるカーペンターズ春来る

 

 

 

 

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幕末の薩摩の志士

2023-01-04 08:19:18 | 生かされて今日

 薩摩藩の菩提寺に多数の幕末の無名の志士を合祀した大円寺(東京杉並区)があります。幕末の大混乱の時期にはるか薩摩から上京した若者たちに合掌したいと思いました。

 大円寺は品川にあった薩摩藩屋敷に近く藩の菩提寺となり、明治時代に現地へ転居した禅寺です。開基は家康で寺門や本堂には葵のマーク、本堂には丸に十の字の島津藩の図が。寺裏は荘重な石塔がおびただしく大樹の下にひっそり連なっておりました。

 野球帽を脱いで一人こわごわ逍遥、風に卒塔婆が鳴るとビビりそうです。

佐幕派に焼打された品川薩摩藩邸70余の犠牲者の合祀石塔に手を合わせました。

言葉も水も人出も田舎薩摩とは異次元の江戸で散った若者を偲びました。はるかな国元では家族兄弟がどんな思いでいたことでしょう。寒風に舞う枯葉の音が泣き声に思えました。凍てつく異国での眠りです。南妙法蓮華経。

「幕末の志士の墓原初まうで」駿

 

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妻を失った嘆き(その2)

2022-12-30 08:37:28 | 生かされて今日

 大宰府赴任に愛妻はどうしてもついてゆく覚悟だったそうです。彼女は大伴一族の出身で旅人とは幼友達だったようです。万葉集編纂の主役となった大伴家持(おおとものやかもち)の母親です。

赴任地・九州へ伴わなければよかったと悔やんだことでしょう。武人の高官がありのままに心情を吐露しているのは異例でした。

 「丈夫(ますらお)と思へるわれやみづくさの水城(みづき)の上に涙のごはむ」

 「橘の花散る里のほととぎす片恋しつつ泣く日しぞ多き

 「験(しるし)なきものは思はずは一坏(つき)の濁れる酒を

飲むべくあるらし」

 「なかなかに人とあらずは酒壺に成りにてしかも酒に染みなむ」

 「この世にし楽しくあらば来む世には虫にも鳥にも我はなりなむ」

「あおによし奈良の都は咲く花のにほうがごとく今盛りなり」 部下の小野老(おののおゆ)の歌

 ようやく大納言に昇格、奈良の都へ船で「ひとりぼっちの帰還」となりました。「吾妹子(わぎもこ)が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき」

「人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり」

「吾妹子が植ゑし梅の木見るごとにこころむせつつ涙し流る」

 愛妻のいない佐保の自宅に戻れても悲しみの廃墟同然だつたのでしょう。わかりますよね。合掌

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妻を失なった嘆き(その1)

2022-12-23 08:58:45 | 生かされて今日

 NHKラジオ「歌と歴史でたどる万葉集」(鉄野東大教授)を聞き、今から1300年前の夫婦死別の悲しみ、衝撃に打たれております。

天皇家の親衛隊を誇る名族大伴家の長・中納言・大伴旅人(おおとものたびと)は64歳の晩年、当時西の果て大宰府へ妻を帯同して赴任しました。ほとんどの長が奈良の都から移動せず、部下を赴任させていたのに旅人は妻を伴い瀬戸内海を船で赴任。これはどうも大伴排除の藤原一族の陰謀によるようです。不在に乗じて最高権力者であった長屋王をクーデターで謀殺しています。

 大宰府でほどなく妻は病死しました。奈良中央政界からの左遷と妻の喪失、弟の死、自分の病気などの不幸が旅人をおのが苦しみを和歌に託す詩人にしたようです。

 部下に越前の守で和漢の最高の知識人、山上憶良(やまのうえおくら)との出会いが救いでした。

「世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり」 大宰の帥(そち)大伴卿

「妹が見し楝(おうち)の花は散りぬべし我が泣く涙いまだ干(ひ)なくに」 憶良が旅人のために作った歌

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コロナと戦争の中の俳句大会

2022-08-19 13:17:24 | 生かされて今日

 あかざ俳句会は7月、コロナ猖獗のさなか大会、食事会を開催、「無事」盛会に終わることができました。逡巡しつつも、皆さんの無事を読経に込めて準備しました。

久しぶりの顔合わせでしたし、新人の方は乾杯ではじめてマスクなしの風貌を拝見いたしました。

 アルコール依存から立ち上がった方の「断酒に俳句が有効」という素晴らしい講話も頂けて充実した一日を過ごしました。

金子兜太さんの「酒やめようかどの本能と遊ぼうか」の句にハッとして俳句入門を決められたそうです。皆大いに感動しました。

  俳句コンテストで表彰された十句をご紹介します。

○秒針の刻むしずかさ原爆忌

○朝刊の微かに重き梅雨入りかな

○満目の空拡げたる代田かな

○梅雨晴れや半音上がる洗濯機

○補助輪も父の手もなき端午かな

○夏服や少し恥じらふ膝小僧

○まだまだと親父は師匠田植どき

○踏切のカンカンカンと夏来る

○紫木蓮かくも平和の脆きかな

○家業継ぐと決めし若者祭舟

 

 

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おやぢさんの詩集

2022-07-31 07:24:16 | 生かされて今日

  友人からご尊父の遺稿をまとめた詩集を送ってもらいました。

市井の老詩人が書き溜めた多数の詩の中から選択、三回忌に合わせて、『老鶯哀惜』と題して発行されたものです。

題名の老鶯とは夏うぐいす。あの美しい囀りで私達を喜ばしてくれます。老詩人にふさわしいよきタイトルとなりました。

 詩集冒頭には書斎で寛ぐ黒眼鏡の温顔の写真、そこは膨大な蔵書の棚に囲まれた谷間みたいな和室です。お父さんにとっては最高の居心地の空間で、安らぎと創作の現場だったのですね。

写真の蔵書を虫眼鏡で拡大して確かめるとあの歴史的大辞書『大言海(だいげんかい)』が。これで市井の文人だと理解しました。有名な句を思い出しました。

 大言海割つて字を出す稿始め   鷹羽狩行

詩集のなかで感動を呼ぶベスト作品は長男である友人への短詩です。

 

「願う」

 息子よ

私が死んだなら

遺骨は、

読みたくて

読み切れなかった、

本棚の

隅に、

暫くは置いてくれ

気が向いたなら

寂しがりやだった、

父の遺骨の前で、

酒をのんでくれないか、

酒好きだった

父と

遺骨と酒を酌み

言葉を交わしてくれるか。

                     

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日本文化のもと・聖徳太子

2022-07-04 12:42:28 | 生かされて今日

 今から約1420年も前に聖徳太子が「十七条憲法」を制定され、日本文化の礎が築かれました。大胆に外来の仏教の思想をもとにされているそうです。

頑迷な保守の部族を武力でなく説得、渡来の教え・哲学を大胆に受け入れた頭脳の柔らかさに敬服します。どんなにか頑迷な反対が有ったことでしょうか。

明治時代の功利的「文明」開化とは違う、思想・哲学・文化の受容です。

 

 『心の怒りを絶ち、おもての怒りをすて、人のたがうを怒らざれ。

人みな心あり。

彼よみすれば(ほめる)、すなはち我非なり。

我よみすれば、すなはち彼非なり。

我かならずしも聖にあらず。

彼かならずしも愚にあらず。』

 一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつう仏性)、人間の濁った目には見えないけれど、すべてのもの、人には釈尊になれる芽・DNAが植え込まれていると。

ありがたきことです。

 

 

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