迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

異人言葉の眩惑。

2018-04-02 22:25:27 | 浮世見聞記
渋谷のスペイン坂で、一人の男がやたら耳に障る甲高い聲で、なにやら口上を述べてゐた。

耳に障るゆゑになんだと思ってゐると、近所で“カジノディーラー”の養成学校を開ひたので、無料体験しませんか、と宣伝してゐるのであった。

「2020年の東京オリンピック後、日本にもカジノができます。しかしカジノディーラーは、日本人ではほとんどいないのが現状です。だから、今のうちにカジノディーラーになれば、ゆくゆくは上に立つことができるのです」──

香具師じみたその男は、耳に障る甲高い聲で、さう宣ふのである。

カジノディーラーとは、ルーレットを回したり、勝者に金品を渡したりなどする、いはゆる進行役のことで、異国では合法の職業であり、凄腕になるとヘタな銀行員よりも稼ぐと云ふ。

しかしそれは、香具師も耳に障る甲高い聲で連呼する如く、

「異国では」

の話しである。


カジノ──我が朝でいふところの、

“賭場”

である。

カジノディーラー──我が朝でいふところの、

“壺振り”

のやうなものである。

時代劇や仁俠映画で、もろ肌を脱ひだ兄ィや姐御が、片手の指の間にサイコロ、片手に小さな壺を手にして構へ、「よござんすか?──半か、丁か!」とやってゐる、アレだ。

つまりは、アレを養成しやうと言ふのである。


異国では合法だかなんだか知らぬが、我が朝では古へより、博打は蔭でこっそりとやるもの、といふ文化の國である。

白日のもとでおおっぴらにやる文化など、ない。


異国ではだうであらうと、ここは異国ではない。


日本といふ、独立した文化を持った國である。

……の、はずである。

それが、国家ぐるみで賭場を開かふとは、いったい誰の差し金か──?



また、どんなにあくどい商売でも「ビジネス」と云ふ異国語を使へば、真っ当なショウバイのやうに聞こへてしまふがごとく、カジノと言へば映画の“007”などに見るやうな、小洒落たオトナのアソビ、のやうに思ひがちだが、そこに異国語の響きの罠がある。


カジノは、タダの賭場である。

カジノディーラーとは、タダの壺振りである。


なんでも小洒落て聞こへてしまふ異国語の響きには、くれぐれも注意しなくてはならない。


この頃、外来種の生物や植物が日本の在来種を駆逐してゐることが社会問題となってゐるが、それはニンゲン界でも同じだと言へる気がしてならない。




香具師の口上はさらに続く。

「──カジノディーラーをめざすなら、まだ日本人がほとんどいない、今のうちです。

この職業が世間に広まってしまいますと……」

香具師はここで、ピタッと口を噤んだ。

だうやら、言葉の選択を誤ったことに気が付ひたらしい。

この職業が世間に広まってしまふと、だうなのだ……?

すると香具師は、

「2020年の東京オリンピック後……」

云々と、再び初めに戻って、耳に障る甲高い聲を張り上げはじめた。



──だうやら胡散臭ひ勧誘らしいことだけは、私に伝わった。
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