迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

ニッポン徘徊-みちのくで時を忘るる。

2014-08-14 23:14:35 | 浮世見聞記
羽越本線の象潟(きさかた)駅から、西へ歩くこと約二十分。

広大な水田地帯に、盛り土のような小山が点在している。

古墳群のやうに見えるが、さにあらず。

秋田県にかほ市の象潟は、その名が示すとおり、かつてこのあたりまで、いくつもの小島が浮かぶ入江だった。

水田のなかの小山は、当時の小島の名残りだ。

江戸時代には松島と並ぶ景勝地とたたえられ、かの松尾芭蕉も、

『きさかたや 西に西施が ねぶの花』

と詠んだ土地だったが、いまから210年前の文化元年(1804年)、大地震で海底が変動して陸地となり、現在の姿となった。

かつては青い海原に浮かんでいた島々が、



現在では稲穂の海原に浮かんでいるわけで、ある意味、島としての意義は失われていない。


もっとも、浮かんでいる、といってもそれは言うまでもなく、見た目だけの話しだ。

実際には高く隆起した海底の一部が、海面からその頭をのぞかせた部分-それが「島」である。

“九十九島”と呼ばれているこれら旧島々を間近で見ると、そのことを強く実感する。


そのわずかな先端部に人間は住み着き、ときには領有を争う。

なんだか、自然の為すわざが大きいほど、人間のやることが小さく感じられてしまう。





夕方からは山形県鶴岡市の荘内神社で、例大祭奉納の黒川能をたのしむ。



能舞台と同じ寸法という拝殿で、「式三番」のあとに「高砂」(↑写真)、狂言「鬼清水」、そして「箙」の半能が、旧藩主の酒井公を偲んで奉納される。

古式ゆかしい神社で、古式そのものである黒川能を観ているうち、ふと自分の遠い先祖も、これと同じものを、やはり同じような状況で観ていたのではないか、という思いに駆られた。

もしかしたら、今宵はわたしの隣りで、一瞬に観ていたかもしれない。

なぜ、いきなりそんなことを思ったのだらう。

ああ。

いまは、お盆の時期だ。
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