近江章彦(おうみ あきひこ)先輩に初めて逢ったのは四月十二日の入学式―そう、高校生活初日のこと。
校舎の玄関前に設けられた“新入生受付”で自分の名前を告げて名簿にチェックしてもらうと、その周りに立っている先輩の生徒たちが、新入生の一人一人の胸に、「祝 入学」と刷られた紅白のリボンの花を付けてくれる。
「はい、いいかな?」
そう言いながら傍にやって来た生徒に、
え…?
と、自分の目を疑った。
一瞬、女子生徒が男子の制服を着ているのかと思ったからだ。
それくらい、その先輩は女性的な、綺麗な顔立ちだった。
わ…。
実は女の子、じゃないよね…?
でも…。
「ちょっとの間、動かないでね」
という声は、紛れもなく男の子のもの。
……。
ピンで花を付けてくれている間、先輩の顔をそっと見つめる。
“カッコイイ”男なら、これまでにもたくさん見てきた。
でも。
ここまで“綺麗な”男の人を実際に見たのは、その時が初めてだった。
「よし、と…」
花を付け終えて手許から顔を上げた先輩と、瞳(め)が合う。
視線を慌てて逸らした瞬間、視界の端に微かに映った先輩の、唇を綻ばせた表情に、突き上げるような激しい鼓動が胸を襲う。
「入学おめどうございます」
いかにも先生からそう言えと指示されたらしい、味気ないマニュアルチックな挨拶が、こんなに嬉しく聞こえてしまうのは、なぜ?
なんと言って返したらいいのだろう、と思っているうちに、先輩は
「あ、いいかな?」
と、次の人のところへ去ってしまった。
そのとき目に映った先輩のネームバッヂには、
『近江』
の二文字。
おうみ、せんぱい…。
先輩の後ろ姿をじっと見詰めながら、たった今覚えた名前を、小さく呟いてみる。
胸の鼓動がまだ落ち着かない。
え?、どうして…。
って言うか、これってもしかして…。
でも、まって。
そんなことって…。
だって…。
その時、誰かが後ろから、ポンと肩をたたいた。
振り返るとそこには、やはり胸に花を付けた男子生徒が。
しかも、ニコニコしながらこちらを見るその顔には、憶(おぼ)えがあった。
「あ、やっぱりそうだ。谷野龍一、だよな?俺のこと、憶えてる?小学校の時いっしょだった田崎、田崎勇太だけど…」
〈完〉
校舎の玄関前に設けられた“新入生受付”で自分の名前を告げて名簿にチェックしてもらうと、その周りに立っている先輩の生徒たちが、新入生の一人一人の胸に、「祝 入学」と刷られた紅白のリボンの花を付けてくれる。
「はい、いいかな?」
そう言いながら傍にやって来た生徒に、
え…?
と、自分の目を疑った。
一瞬、女子生徒が男子の制服を着ているのかと思ったからだ。
それくらい、その先輩は女性的な、綺麗な顔立ちだった。
わ…。
実は女の子、じゃないよね…?
でも…。
「ちょっとの間、動かないでね」
という声は、紛れもなく男の子のもの。
……。
ピンで花を付けてくれている間、先輩の顔をそっと見つめる。
“カッコイイ”男なら、これまでにもたくさん見てきた。
でも。
ここまで“綺麗な”男の人を実際に見たのは、その時が初めてだった。
「よし、と…」
花を付け終えて手許から顔を上げた先輩と、瞳(め)が合う。
視線を慌てて逸らした瞬間、視界の端に微かに映った先輩の、唇を綻ばせた表情に、突き上げるような激しい鼓動が胸を襲う。
「入学おめどうございます」
いかにも先生からそう言えと指示されたらしい、味気ないマニュアルチックな挨拶が、こんなに嬉しく聞こえてしまうのは、なぜ?
なんと言って返したらいいのだろう、と思っているうちに、先輩は
「あ、いいかな?」
と、次の人のところへ去ってしまった。
そのとき目に映った先輩のネームバッヂには、
『近江』
の二文字。
おうみ、せんぱい…。
先輩の後ろ姿をじっと見詰めながら、たった今覚えた名前を、小さく呟いてみる。
胸の鼓動がまだ落ち着かない。
え?、どうして…。
って言うか、これってもしかして…。
でも、まって。
そんなことって…。
だって…。
その時、誰かが後ろから、ポンと肩をたたいた。
振り返るとそこには、やはり胸に花を付けた男子生徒が。
しかも、ニコニコしながらこちらを見るその顔には、憶(おぼ)えがあった。
「あ、やっぱりそうだ。谷野龍一、だよな?俺のこと、憶えてる?小学校の時いっしょだった田崎、田崎勇太だけど…」
〈完〉