迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

小説「入学式」

2008-10-10 15:42:36 | 戯作
近江章彦(おうみ あきひこ)先輩に初めて逢ったのは四月十二日の入学式―そう、高校生活初日のこと。

校舎の玄関前に設けられた“新入生受付”で自分の名前を告げて名簿にチェックしてもらうと、その周りに立っている先輩の生徒たちが、新入生の一人一人の胸に、「祝 入学」と刷られた紅白のリボンの花を付けてくれる。

「はい、いいかな?」
そう言いながら傍にやって来た生徒に、

え…?

と、自分の目を疑った。

一瞬、女子生徒が男子の制服を着ているのかと思ったからだ。

それくらい、その先輩は女性的な、綺麗な顔立ちだった。

わ…。

実は女の子、じゃないよね…?

でも…。

「ちょっとの間、動かないでね」
という声は、紛れもなく男の子のもの。

……。

ピンで花を付けてくれている間、先輩の顔をそっと見つめる。

“カッコイイ”男なら、これまでにもたくさん見てきた。

でも。

ここまで“綺麗な”男の人を実際に見たのは、その時が初めてだった。

「よし、と…」
花を付け終えて手許から顔を上げた先輩と、瞳(め)が合う。

視線を慌てて逸らした瞬間、視界の端に微かに映った先輩の、唇を綻ばせた表情に、突き上げるような激しい鼓動が胸を襲う。

「入学おめどうございます」
いかにも先生からそう言えと指示されたらしい、味気ないマニュアルチックな挨拶が、こんなに嬉しく聞こえてしまうのは、なぜ?

なんと言って返したらいいのだろう、と思っているうちに、先輩は
「あ、いいかな?」
と、次の人のところへ去ってしまった。

そのとき目に映った先輩のネームバッヂには、

『近江』

の二文字。

おうみ、せんぱい…。

先輩の後ろ姿をじっと見詰めながら、たった今覚えた名前を、小さく呟いてみる。

胸の鼓動がまだ落ち着かない。

え?、どうして…。

って言うか、これってもしかして…。

でも、まって。
そんなことって…。

だって…。

その時、誰かが後ろから、ポンと肩をたたいた。

振り返るとそこには、やはり胸に花を付けた男子生徒が。

しかも、ニコニコしながらこちらを見るその顔には、憶(おぼ)えがあった。

「あ、やっぱりそうだ。谷野龍一、だよな?俺のこと、憶えてる?小学校の時いっしょだった田崎、田崎勇太だけど…」

〈完〉
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