横浜駅東口の横浜中央郵便局脇を緩やかに左へカーブしているこの道↑は明治5年、新橋~横浜(現 桜木町)間に鉄道が開通した時の線路跡だそうです。
道なりに進んで行くとやがて国道1号線にぶつかり、JR根岸線と旧東横線のガードをくぐり抜けたすぐ右手は、かつて東横線の「高島町」駅があった場所。
その向かいには外壁を煉瓦で覆った高層マンションが建ち、その敷地内に、
↑のような煉瓦の遺構が保存されています。
これが、大正4年(1915年)8月15日に開業してからわずか8年後、関東大震災で崩壊してそのまま姿を消した、“幻の駅”こと二代目の横浜駅跡(現在の横浜駅は三代目)。
なんといっても存在していた期間があまりに短く、駅の正確な位置も含めてこれまで不明な点が多かっただけに、遺構の発見はビックニュースだった覚えがあります。
傍の案内板には、二代目横浜駅の古写真が紹介されていたので、遺構と一緒に撮ってみました。
開業時の東京駅や、現在は無い萬世橋駅同様、重量感溢れる駅舎だったようですが、耐震性には優れていなかったようですね。
「関東大震災によって江戸の名残りと明治の香りは失われた」と云うことをよく聞きますが、こういうものを実際に目にすると、その感じがリアルに迫ってきます。
道なりに進んで行くとやがて国道1号線にぶつかり、JR根岸線と旧東横線のガードをくぐり抜けたすぐ右手は、かつて東横線の「高島町」駅があった場所。
その向かいには外壁を煉瓦で覆った高層マンションが建ち、その敷地内に、
↑のような煉瓦の遺構が保存されています。
これが、大正4年(1915年)8月15日に開業してからわずか8年後、関東大震災で崩壊してそのまま姿を消した、“幻の駅”こと二代目の横浜駅跡(現在の横浜駅は三代目)。
なんといっても存在していた期間があまりに短く、駅の正確な位置も含めてこれまで不明な点が多かっただけに、遺構の発見はビックニュースだった覚えがあります。
傍の案内板には、二代目横浜駅の古写真が紹介されていたので、遺構と一緒に撮ってみました。
開業時の東京駅や、現在は無い萬世橋駅同様、重量感溢れる駅舎だったようですが、耐震性には優れていなかったようですね。
「関東大震災によって江戸の名残りと明治の香りは失われた」と云うことをよく聞きますが、こういうものを実際に目にすると、その感じがリアルに迫ってきます。