団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

★政治家は戦前も同じ

2023年07月21日 | 政治の崩壊

  今の劣化しきった政治を見ていると、戦前の政治家はもっとまともだったのだろうと勝手に思い込んでいました。
  ところが、政治は戦前から同じようなものだったようです。となると、政治家なんてその程度なのかも。優秀だったのは庶民だったのかも。と言うか、政治にたずさわらない人達はまともな人が多いのかも。

  ねずさんが、そんな戦前の現在と変わらない政治を取り上げてくれています。

  何時ものように全文をリンク元で読んで下さい。
    
  

  清国の恫喝と長崎事件から日清戦争までの流れから現代日本を考える

  ・・・略

  明治19年(1886年)8月1日、清国海軍の北洋艦隊の軍艦「定遠(ていえん)」「鎮遠(ちんえん)」「済遠(さいえん)」「威遠(いえん)」が長崎に入港しました。
どれも最新鋭の軍艦で、特に「定遠」「鎮遠」は東洋一の威容をほこる大戦艦でした。
 鉄は国家なりといわれた時代ですから、軍艦の大きさは国力の象徴でしたし、大戦艦は強国の証でした。
北洋艦隊が日本に立ち寄った表向きの理由は、「艦艇修理」でしたが、実際には、日本に対しての軍事的偵察(ていさつ)と威圧(いあつ)、恫喝(どうかつ)の任務を帯びていたといわれています。

 中国は古くから儒教の国といわれています。
けれど同じ儒教でも、中国と日本では、ぜんぜん違った理解をされてきました。
中国の儒教では、上下関係こそ、あらゆる価値観に優先するとされています。…中略

  明治19年の長崎事件から、明治28年の日清戦争講和までのおよそ9年の歴史をまとめてみました。
ご一読いただければ、今も昔も何も変わっていない・・・どころか、まったく同じ構図になっていることがおわかりいただけると思います。
その意味で、現代日本は何も歴史から学んでいない。
もったいないことだと思います。

 「力なき正義は無力なり」といいます。
日清戦争の歴史を振り返る時、やはりそのことは正しいということがわかります。
逆に言えば、力があれば、どんな非道も正義にされてしまう、ということです。

 ひるがえって現代を観たとき、いまの日本に力はあるでしょうか。
攻撃力、防衛力、そして民衆の意識はどうでしょうか。
日本は庶民の国です。
その庶民が目覚めなければ、国護りは不可能なのです。

 米国の傘の下にあれば安心という時代は終わりました。
米国は、とっくの昔に、世界の警察という存在にあることを罷めると宣言しています。
米国政府は、一部の企業の利権のための政府です。
米国民と米国政府は、向かおうする方向が異なるのです。
それは先の大戦前の時代も現代も同じです。

 米国だけではありません。
日本の周囲には、大日本帝国への対抗国家として成立したチャイナやコリアがあります。
彼らの脅威から日本を護る。国民を護る。

 日本人がサラリーマン根性で、ぶら下がっていれば給料をもらえた時代は終わりました。
これからの時代は、日本人が、日本の足でしっかりと立っていかなければならない時代です。
日本はいま目覚めるときです。
そして、目覚めた日本にもたらされる未来は、愛と平和に満ちた、安全で安心な社会です。
 そうあらなければならないのです。
そうであれば、いま我々は、そうした未来を築くために、一歩を踏み出して行かなければならないのです。 

  政治家というのは昔から自分の利益しか考えない人が多いのかも。やはり、正しい国家観と歴史観を持った政治家は昔も今も殆どいないのかも。


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