疑問が残る、過去のH22,H23住民税は、H21,H22所得税の間違い申告を住民税担当の市のほうで正しい所得に訂正し、それをもとに住民税を計算したので、H22,H23住民税は誤っていなかったことが判明。尚そのことは、所得税算出部署には、知らせてないとのこと。だから、H25に正しくH21,H22所得更正をしたら、還付があったのだ。税務とは、国府県市町村が不足の時だけ、住民に請求するが、過分の時は、申し出によって確認したうえで、誤りがあれば対応するとのこと。「ははぁ~~」そういうことかと、いまさらながら税務体質みたいなことがよくわかりました。定額減税についても、誤って過分減税した分は、そのままなのです。
京田辺市役所に行き、新しく昇進された知り合いの方々の祝福と激励に行ってきました。各組織の責任者となられたので、初めて会った係長時代とは異なり貫禄めいたものがうかがえ、頼もしく思いました。話してみると以前と同様ざっくばらんで昔の厳しい要求や対応不足などは、お互いにすっかり忘れ良好な職員市民の間柄になっていました。市政や街づくりに対して、社交辞令的な多面的アドバイスをと言われましたが、笑ってごまかしました。
4/1付、京都府内教職員の異動並びに市の人事異動が発表されている。特に、市の人事異動では、地域活動でお世話になった方々が部課長に昇進され大変うれしく思う。地域の知られざる新情報を提供し、将来の街つくりでいろいろと意見交換し、時には厳しく要求したことが懐かしく思い出される。これからは、市議会での答弁や決定事項の実現化について、注目したいものだ。久しぶりに市役所に出向いて話し合ってこよう。
京田辺市制20周年事業として取り組んできた市史編さんの『資料編 地理・民俗』(2024年3月発刊)を借りてきたので、早速読みだした。370頁もあり、図鑑のような重い出版物だ。内容的には、なかなか興味深いもので一気には読めないが、ところどころ写真・一覧表や図、地図と照らし合わせて読みだすと結構時間がかかる。それでも、まずは、今住んでいる多々羅地区に関する資料内容には、なじみがあるが、あらためて知ることもあり、暖かい日を見つけて訪ねてみようと思っている。また、いくつかの間違いを見つけたので、市史編さん委員会に連絡しよう。
年末恒例の氏神様にお参りをした。隠れた名所旧跡でもある新宮社。京田辺市民で知る人がどれだけいるだろうか?6世紀、第29代の欽明天皇時代に、渡来した朝鮮豪族が建てた小さな祠である。後に、その地域村人に譲ったとある。以来わが多々羅区では、朱智神社の境外末社として、大切に守り続けている。大陸から渡ってきた彼らは、それだけでなく、製鉄技術や蚕飼育など、多くの暮らし文化の糧をもたらした。このことは、地域活性化講座「つつきはっけん」の中で、何度も紹介をしたが、その存在価値の継承には、不満足である。何はともあれ、本年も平和に無事に過ごすことができ、感謝の至りである。
京田辺クラフトウェーブ総合展に行ってきました。「暮らしを彩る生活アートをコンセプト」に、市在住のクラフト作家が、木工、木彫刻、ガラス工芸、トールペインティング、木目込人形、日本刺繡、ローズウインドウ(紙でできたステンドグラス)、・・・を作り上げたアートを見て回り、またまた唸りました。作家さんと見に来られた人々で知り合いが多く、久しぶりの再会と近況報告で盛り上がりました。まさに、展示会がより良きコミュニケーションの場となり、大変楽しい時を過ごしました。帰り間際には、市会議長とばったり出会い、議会や行政における広報発信の改革を10年前に訴えたことがようやく実現しつつあるなというと、よく覚えていたようだ。加えて、市民と行政、議会が常に緊張感ある関係であることを要望しました。
図書館から、リクエスト本が準備できたので、早速取りに行った。暑いせいか、最近の中央図書館の人は少なく、やはりここでも、高齢者が多い。それにしても、新刊や新書物を準備し来館を待っているには、寂しい気がする。以前、図書館の2階で、郷土史研究会を開催し、その成果を発表しあったのが懐かしい。
久しぶりに、かつての裏山に当たる同志社大多々羅キャンパス方面に上ると、われらのグランドであった敷地が住宅地に大変身、周囲にきれいな道路もあり、立派な建物が並んでいる。すでに入居されている人もいて、見違える地域になっている。40年前に地域の人たちと草が生い茂るグランドで運動会や球技大会を開催し、家族みんなで地域を盛り上げたことが懐かしい。



明日から五月。令和6年もあっという間もなく、時が過ぎ去ってゆく。五月からは、税金の支払いが続々と発生する。まずは、固定資産納税の通知書が届いた。いつもは、昨年と比べて増減を確認するけれど、どういう仕組みで計算されこの金額になっているかを、説明書を読みながら、理解していく。基本となる、課税標準額、負担水準、区分表、評価額、公示価格、等々、次から次へと調べていく必要があり、情報収集と理解に時間がかかった。今まで、ほとんど十分確認していなかったことだが、なかなか税金の算出は面倒なことだ。それでも、過ちは必ず発生するものだという意識を強く持ち、正誤の確認はしなければならない。
地元の山城タケノコが近くの直売場で売られており、旬のものとして、小さなものを買って、刺身、たいたん、お吸い物として、春を感じながら、いただいた。旬のものは、その季節や時節の暮らし、生産者の収穫までの苦労やエピソードを思いだしながら心を鎮めて食すると、今年も何とか生きているんだという気持ちになってささやかな幸せが近寄ってくるようだ。それにしても、早朝に掘ったタケノコをリヤカーに乗せて、お百姓さんが玄関先においていただいた、あの頃のことは夢幻だったのだなあ・・・。