北九州市のマクドナルド店で、塾帰りの中学生2人が見知らぬ男に刺され死傷、京都市内では、弟が母と兄を切りつけ死傷。連日、悲しい事件が街中で矢継ぎ早に起こっている。特に、無差別殺人事件(現在の情報)のニュースを聞くと、まったくもって、心のあちこちで痛みが倍化する。
被団協ノーベル平和賞授賞式における田中照己代表の演説を聞きながら、祝福と喜びに浸りながら、世界中に4000発の核があり、その存在にあらためて、脅威と怒りを痛感せざるを得なかった。被爆国の日本でさえ、米国の核の傘下で生き続けている。同じく1974年にノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作元首相も非核三原則を偽った。自らに直接降りかかる被害悲劇を体験しない限り、人類は核の脅威を知ることはできないのではないか。勿論体験した時には、死が待っている。すなわち人類の滅亡である。「核なき世界を共に」と訴えた演説は心に響いた。
斎藤知事に関する続発するSNS情報を見聞きすると、もう面白おかしく書きたて世の中に騒動を起こしたてる連中がますます増えてきている。常識人では不可な暴言が売り物の要人物、怪しいやら、まともなジャーナリスト、専門家、芸能人、…等混乱、混とん状態になってきている。一般市民としては、本当の事実を知りたいと願うが、それが見分けられなくなってきている。
この世の中、本当に信じられません。連日報道される、詐欺事件、幼児暴行事件、選挙違反言動・行動・・・。マスメディア、議会、勿論国会議員の政治屋、耳や目に入ってくる情報をいかにとらまえるかは、個人の日頃の学びと情報選択能力、そして、人間性の倫理道徳の力のように思えます。
TV番組の低俗化は、国民の倫理道徳や人間としての人格の質の低下に繋がっているのではないかと思う。特に、大食い競争的な番組が多々あり、そのタレントが登場すると嫌気がさす。世界中で餓死社会が多数あり、子供が日々なくなっていく様を見、日本においても子ども食堂のことを考えると即刻このような低俗番組はやめるべきである。
明治初期には、小学校の先生のことを『訓導』と呼ぶように規定されていた。訓導とは、道理に従って説き、手を引くことであるとのこと。その後、すぐに、先生は、教諭する人と名付けられたとのこと。教え諭す、教は、相手に力を加えること、諭とは、丸太舟が流れるように仕向けるとある。何か現代の世情・社会を言い尽くしているようである。人間の最も重要な道徳倫理をすっかり忘れてしまい、こころなき中で、力任せに物事の判断を押し付けるような風潮が漂ってくる今日この頃。米大統領選における米国民の正しき道理を期待したい。
アマゾンで5000円程の商品を注文。配送の確認をすると、今朝9時過ぎに最寄りの配送拠点を出発、現在配送中とのこと。午前中は届かず、もうそろそろと待っていると、車が止まり玄関に出ると、チャイムも鳴らさずに車が去っていった。おかしいなと思いながら、足元をいると高さ20cm、4サイズの箱が置いてあり、注文した商品だと気づいた。いわゆる置き配をされたのだが、配送状況をネットで調べてみると、玄関前に置き配した商品が写真にアップされて、配達完了となっている。このような置き配では、盗難の問題も出てくる。少し驚いたのであるが、配達に関する注文者の要望もネット入力できるようになっていた。このようなことは初めて経験することであり、知らないもののクレームというか、世の中がどんどん変化していることにまず知ることの必要性を感じている。それにしても、自宅の一部がわかる置き配状態を写真でアップするとは、いただけません。次回からは、まずは玄関のチャイムで呼びだしてもらうように、それでもNGならば、指定場所に置いてもらおう。
兵庫県斎藤元彦知事は、失職を選択した。市民が議会がNOと言えば、実直に謝罪しやり直したらよかったのにと思う。改革を掲げて、成果を上げてきたのだが、権力者が陥る傲慢横暴さのエスカレート、悲しいかな、墓穴を掘ってしまった感が強い。平然と会議や記者会見に臨む姿には、驚きであるが、肝心の問いに対する、回答が異常であると感じる。政治家が追及されたときに、回答の外枠のきれいごとの言葉で止めてしまうずるいやり方である。高校生の手紙に共感して、最終決断したということだが、死去した大人2人には、うるっとするものがなかったのか?。本当にその場限りの言い逃れ政治屋さんに映ってしまう。
先ごろは、犯罪を起こした人物が連行される場面でも、顔を隠さないことが少なくない。薄ら笑みを見せている犯罪者を見ると、本当に行ったことが人として、罪罰であることがわかっているのかと疑ってしまうことがよくある。兵庫県知事も、不信任決議があっても、何一つ表情変えずに、去ってしまった。もう人間じゃないと思ったが、こういう人が増えてきている現世に失望を痛感する。まつりごとは、庶民のためにあることが失われている。無念です。
SNS,、ネット情報のいい加減さが増え続け、偽り・間違い・中傷などなど、死に至る人権問題に達している。当方のfacebookにも怪しい人物が多々登場し、無視しているが、本当にうんざりである。