「ショートストーリーなごや」に応募した私の小説です。
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一、首塚
「首塚?なにぃ、きもわるい」。夏美は大きな目をさらに大きく見ひらいた。
所は北区の大杉一丁目。夏のうだるような暑さの中、夏美は来年の成人式の
着物を選びに、祖母が働いている貸衣装屋に行く途中だった。
出来町通りから北に向かって急な坂を下りたところで「首塚霊神」と書かれた
幟(のぼり)旗を見たのだった。気味悪いので、その前を足早に通り過ぎた。
お店に着くと、戸をガラリと開けたて「あぁちゃーん」と祖母を呼んだ。
小さい時から「おばぁちゃん」を「あぁちゃん」と呼んでいた。奥から
祖母が「ああ、ちゃんと用意してあるよ」と、小さい目をさらに細くして
出てきた。成人式の着物にも流行がある。最近は赤や黒などの大胆に柄が
流行だが、夏美は祖母が選んでくれた紫とピンクの花模様に決めた。
さらに襦袢や帯、帯〆などの小物類も一通り決めるのに結構半日かかった。
一段落して、夏美は 着物をたたんでいる祖母の背に向かって問いかけた。
「ねぇ、この先に“首塚”ってあるの 知ってた?」。
「あぁ」。生半可な返事だった。
「誰の首?」。
祖母は一瞬押し黙っていたが、夏美に背を向けたまま口を開いた。
「虚無僧の首だって」。
「コムソウ?」。
「虚無僧、知らんか? 天蓋(てんがい)かぶってさ、尺八吹きよる。昔は
よく来よったもんだがね」
「で、なんで斬られたの?」
「江戸時代の話だけどね。侍の屋敷の前に虚無僧がやって来たんだと。
門の前で尺八を吹いたら、侍が家の中から『去(い)ねぇ!』と叫んだそうだ。
『イネ』っていうのは『去る』という意味なんだけどね。虚無僧は
『はいれ』と勘違いして、門の中に入っていったさ。お布施をもらえると
思ったんだろうね。そしたら、その侍は、虚無僧が玄関前まで入って
きたので、『無礼者!』と刀を抜いて、首を斬りおとしたんだと」。
「ふぅ~ん。編み笠なんか被って 顔を隠していたら 怪しいよね」と、
侍の行為を正当化しながらも、夏美は虚無僧を哀れに思った。
それで、帰りには首塚の柵の中に入って、小さな祠(ほこら)に手を
合わせたのだった。
ニ、尺八の音
それから半年。成人式も無事に済んだ。いや式典は、○○小学校で
同級生や当時の校長先生、担任の先生、町内会長他来賓の方々合わせても
数十人の参加で粛々と行われた。その後、中学の同窓会を兼ねて、ホテルで
行われたパーティは、髪を黄色や赤に染めた数人の悪友たちが、酒を飲んで、
酔った勢いで暴れ廻り、活けてあった花を引き抜いたり、ビールを掛け
あったりの馬鹿騒ぎになった。夏美は着物を汚されては叶わないと、
さっさと退出して帰宅したのだった。小学校や中学の同級生は、久々に
会ってなつかしかったが、高校、大学、あるいは就職と、進む道が
違うと、話題も違って、お互い隔たりを感じるようになっていたのだ。
夏美の家は祖母と母との女性だけの三人暮らし。父親は夏美が三歳の時に
亡くなったと聞かされていた。家で、祖母と母親の手料理で祝福を受け、
翌日、夏美は着物を返しに また祖母の店に向かった。首塚の方に向かって
坂を下りるにつれ、尺八の音が聞こえてきた。ぞっと鳥肌がたった。
おそるおそる近づいてみれば、幟旗の向こうに編笠が見え隠れしていた。
「こむそう? まさか」と目を疑った。祖母から聞いた天蓋を被っている。
初めて見る虚無僧に 体をこわばらせていると、尺八の音は止み、虚無僧が
柵の中から出てきた。虚無僧は夏美に気づくと、軽く会釈して立ち去って
いった。白い着物に黒の袈裟。「明暗」と書かれた箱を首から下げて、
天蓋で顔は見えないが、凜とした姿に“かっこいい”と夏美は思った。
その尺八の音は、昔、幼い頃に聞いたような、なつかしい響きに聞こえた。
虚無僧の後姿を見送ると、夏美は息せき切って祖母の店に駆け込み、
「あぁちゃ~ん」と呼んだ。店の奥から出てきた祖母の顔を見るなり、
「たいへん、たいへん、ゆうれい。虚無僧の幽霊が 首塚で尺八吹いてた」
と言うと、祖母は驚きもせず、「あぁそう。今日は虚無僧の命日じゃけん、
供養に来とったか」と。虚無僧が来ることを知ってたようだった。
夏美は気が抜けた。
「ねぇ、虚無僧って今でもいるんだね。虚無僧って何?。お坊さん?。
何宗?。虚無僧って悪いことした人?」と、夏美は矢継ぎ早に質問を
投げかけたが、祖母は「知らん」と言って、着物を受け取ると片付け
始めた。祖母はなぜか虚無僧の話しは避けたいようにみえた。
しかし、夏美の胸の奥には、虚無僧の艶(あで)やかな姿と、妙(たえ)なる
尺八の音が強烈にインプットされたのだった。
三、虚無僧って何?
一月は期末試験。試験期間中も夏美は虚無僧のことが気になっていた。
夏美は○○大学で経営学を専攻している。春休みにはいってから「そうだ、
叔父さんに聞いてみよう」と、父の弟の武志叔父さんの店を訪ねることにした。
叔父さんは「マイタウン」という本屋を開いている。郷土史関係の古本や
新刊本を取り扱い、自分でも執筆して出版もしている。新幹線の高架下の
人影も全くないところにその店はあった。店といっても、普通の本屋の
ようにガラス戸越しに中が見えるわけではない。マンションのような
鉄のドアがあるオフィスだった。おそるおそるノックすると「どうぞ」と
武志叔父さんの声。ドアを開けると、たくさんの本に囲まれて叔父さんは
パソコンに向かっていた。
「あれ、なっちゃんかい」。叔父さんも姪娘の突然の訪問にびっくりした
ようだった。
「叔父さん、こんな所じゃ、お客さん来ないでしょ」。経営学を学ぶ
夏美にしてみれば自然な疑問だった。
「こういう種類の本は、お客もめったに訪ねてこないからね。インター
ネットで売るんだ。だから事務所でいいんだよ」。
「ふうん、そうなんだ」。
「ところで 何?」。
「あのね、聞いてくれる。虚無僧のこと調べたいんだ」。
「虚無僧?。なんでまた」。
そこで夏美は北区大杉の“首塚”のこと、そこで虚無僧を見たことなどを
話した。すると叔父さんは夏美の顔をじっと見つめて、「血かね」と
ぼそりとつぶやいた。だが、夏美にはなんのことか判らなかった。
あらためて叔父さんは「虚無僧ね。ちょうど今 いい本が出ているよ」と、
すぐ横に積んであった本を手にとって見せてくれた。岐阜の芥見村で
虚無僧同士の縄張り争いがあって、死者まで出た。その顛末を書いた
古文書だそうだ。パラバラっとめくってみたが、江戸時代の古文書など
夏美はさっぱり読めない。
「虚無僧同士の喧嘩?。殺人事件?。やっぱ、虚無僧は 悪もんなんだ」と
夏美は一人合点した。
それから武志叔父さんは「江戸時代、東照宮の祭礼には、各町内ごとに
山伏や朝鮮使節などの仮装をして山車の先導を務めた。呉服町では大人や
子供が虚無僧の格好をした」という記録も見せてくれた。
「へぇ~、呉服町なら国際ホテルがある所じゃない。丸栄からナディア
パークに行く通りだわ」。
「そう、今はあの辺全部『栄』になっちゃったけど、交差点に
『呉服町』って名前が残っているよね」。
さらに、叔父さんは こんなことも話してくれた。
「名古屋には虚無僧寺が無かった。だから町人が虚無僧の格好をしたり、
尺八で俗曲を吹いたりすることができたんだ。江戸や京都には
虚無僧寺があって、虚無僧以外の者が尺八を吹いてはいかんとか、
虚無僧は武士に限るとか、俗曲や民謡などを吹いてはいけないなど、
勝手に掟を作って、厳しく目を光らせていた。歌舞伎で『仮名手本
忠臣蔵』を演ずるときには、事前に虚無僧の本山に挨拶に行き、
何がしかの礼金を納めて、天蓋や袈裟など、虚無僧の衣装を借り
たらしい」。
「ふ~ん。名古屋では、虚無僧寺の権限が及ばなかったから、
自由にできたんだね。名古屋は 江戸や京都とは別に、独自の文化を
築いた土地だっていうもんね。それは 虚無僧のことからも言える
のね。叔父さんありがとう」。
夏美は、虚無僧のことが少し理解できたようだった。(つづく)
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一、首塚
「首塚?なにぃ、きもわるい」。夏美は大きな目をさらに大きく見ひらいた。
所は北区の大杉一丁目。夏のうだるような暑さの中、夏美は来年の成人式の
着物を選びに、祖母が働いている貸衣装屋に行く途中だった。
出来町通りから北に向かって急な坂を下りたところで「首塚霊神」と書かれた
幟(のぼり)旗を見たのだった。気味悪いので、その前を足早に通り過ぎた。
お店に着くと、戸をガラリと開けたて「あぁちゃーん」と祖母を呼んだ。
小さい時から「おばぁちゃん」を「あぁちゃん」と呼んでいた。奥から
祖母が「ああ、ちゃんと用意してあるよ」と、小さい目をさらに細くして
出てきた。成人式の着物にも流行がある。最近は赤や黒などの大胆に柄が
流行だが、夏美は祖母が選んでくれた紫とピンクの花模様に決めた。
さらに襦袢や帯、帯〆などの小物類も一通り決めるのに結構半日かかった。
一段落して、夏美は 着物をたたんでいる祖母の背に向かって問いかけた。
「ねぇ、この先に“首塚”ってあるの 知ってた?」。
「あぁ」。生半可な返事だった。
「誰の首?」。
祖母は一瞬押し黙っていたが、夏美に背を向けたまま口を開いた。
「虚無僧の首だって」。
「コムソウ?」。
「虚無僧、知らんか? 天蓋(てんがい)かぶってさ、尺八吹きよる。昔は
よく来よったもんだがね」
「で、なんで斬られたの?」
「江戸時代の話だけどね。侍の屋敷の前に虚無僧がやって来たんだと。
門の前で尺八を吹いたら、侍が家の中から『去(い)ねぇ!』と叫んだそうだ。
『イネ』っていうのは『去る』という意味なんだけどね。虚無僧は
『はいれ』と勘違いして、門の中に入っていったさ。お布施をもらえると
思ったんだろうね。そしたら、その侍は、虚無僧が玄関前まで入って
きたので、『無礼者!』と刀を抜いて、首を斬りおとしたんだと」。
「ふぅ~ん。編み笠なんか被って 顔を隠していたら 怪しいよね」と、
侍の行為を正当化しながらも、夏美は虚無僧を哀れに思った。
それで、帰りには首塚の柵の中に入って、小さな祠(ほこら)に手を
合わせたのだった。
ニ、尺八の音
それから半年。成人式も無事に済んだ。いや式典は、○○小学校で
同級生や当時の校長先生、担任の先生、町内会長他来賓の方々合わせても
数十人の参加で粛々と行われた。その後、中学の同窓会を兼ねて、ホテルで
行われたパーティは、髪を黄色や赤に染めた数人の悪友たちが、酒を飲んで、
酔った勢いで暴れ廻り、活けてあった花を引き抜いたり、ビールを掛け
あったりの馬鹿騒ぎになった。夏美は着物を汚されては叶わないと、
さっさと退出して帰宅したのだった。小学校や中学の同級生は、久々に
会ってなつかしかったが、高校、大学、あるいは就職と、進む道が
違うと、話題も違って、お互い隔たりを感じるようになっていたのだ。
夏美の家は祖母と母との女性だけの三人暮らし。父親は夏美が三歳の時に
亡くなったと聞かされていた。家で、祖母と母親の手料理で祝福を受け、
翌日、夏美は着物を返しに また祖母の店に向かった。首塚の方に向かって
坂を下りるにつれ、尺八の音が聞こえてきた。ぞっと鳥肌がたった。
おそるおそる近づいてみれば、幟旗の向こうに編笠が見え隠れしていた。
「こむそう? まさか」と目を疑った。祖母から聞いた天蓋を被っている。
初めて見る虚無僧に 体をこわばらせていると、尺八の音は止み、虚無僧が
柵の中から出てきた。虚無僧は夏美に気づくと、軽く会釈して立ち去って
いった。白い着物に黒の袈裟。「明暗」と書かれた箱を首から下げて、
天蓋で顔は見えないが、凜とした姿に“かっこいい”と夏美は思った。
その尺八の音は、昔、幼い頃に聞いたような、なつかしい響きに聞こえた。
虚無僧の後姿を見送ると、夏美は息せき切って祖母の店に駆け込み、
「あぁちゃ~ん」と呼んだ。店の奥から出てきた祖母の顔を見るなり、
「たいへん、たいへん、ゆうれい。虚無僧の幽霊が 首塚で尺八吹いてた」
と言うと、祖母は驚きもせず、「あぁそう。今日は虚無僧の命日じゃけん、
供養に来とったか」と。虚無僧が来ることを知ってたようだった。
夏美は気が抜けた。
「ねぇ、虚無僧って今でもいるんだね。虚無僧って何?。お坊さん?。
何宗?。虚無僧って悪いことした人?」と、夏美は矢継ぎ早に質問を
投げかけたが、祖母は「知らん」と言って、着物を受け取ると片付け
始めた。祖母はなぜか虚無僧の話しは避けたいようにみえた。
しかし、夏美の胸の奥には、虚無僧の艶(あで)やかな姿と、妙(たえ)なる
尺八の音が強烈にインプットされたのだった。
三、虚無僧って何?
一月は期末試験。試験期間中も夏美は虚無僧のことが気になっていた。
夏美は○○大学で経営学を専攻している。春休みにはいってから「そうだ、
叔父さんに聞いてみよう」と、父の弟の武志叔父さんの店を訪ねることにした。
叔父さんは「マイタウン」という本屋を開いている。郷土史関係の古本や
新刊本を取り扱い、自分でも執筆して出版もしている。新幹線の高架下の
人影も全くないところにその店はあった。店といっても、普通の本屋の
ようにガラス戸越しに中が見えるわけではない。マンションのような
鉄のドアがあるオフィスだった。おそるおそるノックすると「どうぞ」と
武志叔父さんの声。ドアを開けると、たくさんの本に囲まれて叔父さんは
パソコンに向かっていた。
「あれ、なっちゃんかい」。叔父さんも姪娘の突然の訪問にびっくりした
ようだった。
「叔父さん、こんな所じゃ、お客さん来ないでしょ」。経営学を学ぶ
夏美にしてみれば自然な疑問だった。
「こういう種類の本は、お客もめったに訪ねてこないからね。インター
ネットで売るんだ。だから事務所でいいんだよ」。
「ふうん、そうなんだ」。
「ところで 何?」。
「あのね、聞いてくれる。虚無僧のこと調べたいんだ」。
「虚無僧?。なんでまた」。
そこで夏美は北区大杉の“首塚”のこと、そこで虚無僧を見たことなどを
話した。すると叔父さんは夏美の顔をじっと見つめて、「血かね」と
ぼそりとつぶやいた。だが、夏美にはなんのことか判らなかった。
あらためて叔父さんは「虚無僧ね。ちょうど今 いい本が出ているよ」と、
すぐ横に積んであった本を手にとって見せてくれた。岐阜の芥見村で
虚無僧同士の縄張り争いがあって、死者まで出た。その顛末を書いた
古文書だそうだ。パラバラっとめくってみたが、江戸時代の古文書など
夏美はさっぱり読めない。
「虚無僧同士の喧嘩?。殺人事件?。やっぱ、虚無僧は 悪もんなんだ」と
夏美は一人合点した。
それから武志叔父さんは「江戸時代、東照宮の祭礼には、各町内ごとに
山伏や朝鮮使節などの仮装をして山車の先導を務めた。呉服町では大人や
子供が虚無僧の格好をした」という記録も見せてくれた。
「へぇ~、呉服町なら国際ホテルがある所じゃない。丸栄からナディア
パークに行く通りだわ」。
「そう、今はあの辺全部『栄』になっちゃったけど、交差点に
『呉服町』って名前が残っているよね」。
さらに、叔父さんは こんなことも話してくれた。
「名古屋には虚無僧寺が無かった。だから町人が虚無僧の格好をしたり、
尺八で俗曲を吹いたりすることができたんだ。江戸や京都には
虚無僧寺があって、虚無僧以外の者が尺八を吹いてはいかんとか、
虚無僧は武士に限るとか、俗曲や民謡などを吹いてはいけないなど、
勝手に掟を作って、厳しく目を光らせていた。歌舞伎で『仮名手本
忠臣蔵』を演ずるときには、事前に虚無僧の本山に挨拶に行き、
何がしかの礼金を納めて、天蓋や袈裟など、虚無僧の衣装を借り
たらしい」。
「ふ~ん。名古屋では、虚無僧寺の権限が及ばなかったから、
自由にできたんだね。名古屋は 江戸や京都とは別に、独自の文化を
築いた土地だっていうもんね。それは 虚無僧のことからも言える
のね。叔父さんありがとう」。
夏美は、虚無僧のことが少し理解できたようだった。(つづく)