現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

海童道道祖の貴重な写真

2018-02-13 20:31:49 | 虚無僧日記

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伝説の前衛尺八家「海童道(わだづみどう)道祖」の貴重な写真です。

公の席には顔を出さず、その素顔を知る人はごく稀でした。

「尺八に非ず、法竹(ほっちく)」と云い、超人的な奏法で他を圧倒。

常軌を逸した言動で、奇人か変人か。普化の再来か。

とにかくすごい人でした。

 


S24年の「朝日グラフ」に「娘虚無僧」

2018-02-12 21:13:34 | 虚無僧日記

 

 

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ネットオークションで、昭和24年7月の「朝日グラフ」を
500円で落札。S24年当時の価格は30円。わずか18頁。

その中に、見開きで「京都の女虚無僧」の写真。なかなか
妙齢な娘さん。実家は喫茶店を営業。父の後を継いで
“尺八道の普及のために”毎日、京の町を門付けしている
とのこと。

その衣装がすごい。江戸の錦絵そのままに、豪華絢爛たる
着物。袈裟や帯にはダイヤも光る。衣装一式3万円。
尺八10万円。漆塗りの高下駄。偈箱には「東福寺内
明暗教会」の文字。白い1尺の房に印籠も。

いやはや驚いた。戦後間もない頃にも「女虚無僧」は
居たのだ。

他のページには、家が貧しく、学校に通えない“未就学
児童”の写真。五人家族で、父親は病気で働けない。
生活費は月7,500円はかかるが、生活補助は2,700円。
娘が印刷所で働いて、月2,500とのこと。

それと比較して、尺八10万とは、最低生活費の一年分より
高い。今でいうと、200万くらいの価値となる。

「竹は (高)たけぇぇ・・・・」




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死にたければ一緒に死ぬよ

2018-02-06 08:00:28 | 虚無僧日記

『死にたければ一緒に死ぬよ』

「日本一短い手紙コンクール第25回一筆啓上賞「『母』へ」の大賞作品。

投稿したのは、福井県坂井市丸岡南中2年生の玉村綾音さん。

新聞の記事にギョッとした。よく読めば、最近相次ぐ小中学生の自殺。

情緒不安、多感で感傷的になる年頃、いじめや将来を悲観して自殺。

そんなわが子に、親としても  どう対処してよいか悩む。そこで

母親が娘を心配して 放った言葉が『死にたければ一緒に死ぬよ』。

そして娘は『この一言が私の生きる支えです』とつづった。

今、私のパートナー鈴花は、くも膜下出血で、奇跡的に一年命を

長らえたものの、あと半年の命と覚悟している。

やるべくことはやってきた、やりたいことはすべてやった。

もう十分人生を満喫した。思い残すことは何もない。といった心境。

すべてを受け入れ、死をも受け入れている。

「私 死ぬの」という鈴花に、私は「一緒に死んであげる」と

強く抱きしめてあげる。すると「ダメ死んじゃダメ」と鈴花。

そんな会話を 毎日 繰り返している。

「ジャイアン 死んじゃいやん」あのジョークで、今生かされている。

 


くも膜下出血で 

2018-02-05 20:55:41 | 虚無僧日記

小室哲哉氏の不倫騒動で、妻 の KIKO(桂子)さんが 数年前、

くも膜下出血で倒れ、現在もリハビリ中と知りました。

実は、私と20年共に活動してきた 鈴花が 昨年4月の

能楽堂公演を前に くも膜下出血で倒れ、現在も療養中です。

くも膜下出血では大抵 水頭症を併発し、脳に髄液がたまり、

記憶障害や歩行困難、頻尿などの障碍が残るとのこと。

その症状が 小室哲哉氏の奥さんKEIKOさんと全く同じで、

小室哲哉氏のコメントにも共感します。

僕は、引退しないのかな? 定年はあるのに?

家族って、何を指すのかな?愛って何なんだろう?

「毎日が 一喜一憂の人生」

「桂子は寂しがり屋で、いつも一緒にいないと」 と。

鈴花も 以前の バリバリのOLとは打って変わって、寂しがり屋で

甘えん坊で、いつも私にピッタリ寄り添ってきます。ことばは

幼児言葉で、手をつなぎ、腕を組んであげないと 歩行も困難です。

言動も支離滅裂で、今さっきの事も忘れます。これが家族、身内だと

腹を立てて怒ったり、叱ったりするのでしょうが、家族でない私には

鈴花が 幼児のようで愛らしく、可愛くて、すべてが許せます。

「可愛いよ、可愛いよ」と云ってあげると、鈴花は うれしそうに

「わたし、かわいい?」と にっこり微笑みます。以前には見せたことのない

笑顔です。そんな 鈴花が また可愛くてしかたがない。

ほんとうに「家族って何だろう、愛って何だろう」です。

 

くも膜下出血は、再発率50%。5年生存率50%。

次 再発したら命は無いとのこと。

鈴花も 5月までは 命はもたないと、覚悟を決めて、生きることを

あきらめています。そうなると、社会の事、日常の諸問題、他人の

悪事、不祥事など  もうすべて  どうでもいいこと。

腹も立たず、穏やかで、優しく甘美な日々です。

「働かないで、あくせくせず、のんびり過ごす。こんな幸せな時が

くるなんて」と 病に倒れたことに感謝さえ 口にしています。

今、そんな 鈴花と共に 一日 ボォーと過ごしていれば、もう、

夢も希望も 目標も 要らないし、尺八もどうでもよくなっている

私なのです。

小室哲哉氏の「音楽家引退」宣言、私もそんな心境です。

 


一休さんの最期の言葉

2018-02-04 21:25:05 | 虚無僧日記

「一休さんの最期のことばは “死にとうない”だった」という

ような話がネットで横行しています。

「一休さんのようなえらい坊さんでも、死は怖かった? 私たちと

同じだ」というような、安堵感。これも悟りだというのでしょう。

ですが、「一休が最後に“死にとうない”」と言ったという原史料はありません。

強いていえば、

一休は 最晩年に、酬恩庵の庭先に 自分の墓(寿塔)を建てています。

愛する森女や弟子たちに「一休の死後も、一休はここにいる」という

メッセージぐらいは語ったかもしれません。

一休自身の筆になる『狂雲集』の中の詩から想定できるのは

「一休は未来永劫生き続け、弥勒となって人々を苦から救おう」という

メッセージです。つまり「死にとうない」ではなく、「一休は死なない。

未来永劫生き続ける」という方が、一休の最期の言葉です。

その言葉の通り、一休は没年から600年経った今日でも

人々の心の中に生き続け、ほっとするような安らぎを与えてくれています。

人々は「一休」に名を借りて、笑ったり、喜んだり、留飲を下げたりして

満足感を得ているではないですか。

 


釈迦最期の言葉

2018-02-01 21:15:45 | 虚無僧日記

お釈迦さまの最期の言葉は「この世は美しい。人生は甘美である」と

よく言われていますが、原始仏教の経典には、書かれていないそうです。

釈迦は「この世は生老病死をはじめとする苦しみで満ちている」と説いた。

生老病死を四苦。。そのほか、愛する者と別れる苦しみ(愛別離苦 あいべつりく)、

憎い者と会う苦しみ(怨憎会苦 おんぞうえく)、求めても得られない苦しみ(求不得苦 ぐふとくく)、

煩脳の苦しみ(五陰盛苦 ごおんじょうく)など八苦。

生老病死と合わせて「四苦八苦」(しくはっく)。

釈迦は、この世は苦しみであって、苦しみから離脱し、解脱する

ための心の持ち方を説いた。

それは「煩悩=欲望を捨てよ」「執着心を捨てよ」「妄執を捨てよ」と、

「捨てること」。そして「人は死すべきもの」という諦観(あきらめ)。
 

それでは、人生つまらない。楽しくない。

「人生は苦に満ちている」と説いたお釈迦さまでも、やはり

最期は「この世の中は美しい、人生は甘美である」と言って

欲しいという、後世の人の思いから付け加えられたとのこと。

私も、この言葉に救われる。

 

 


名古屋の尺八界

2018-02-01 09:13:51 | 虚無僧日記

名古屋の尺八界は、都山流、琴古流の他、西園流、                                       

磯村琴保氏の竹保流、平塚芳朗氏の晃山流、

さらに故山川直春師の流れの佐竹会と、各流派がひしめき

合い、会員数は300人を超えるか。さすが「芸所名古屋」だ。

だが、60歳以上の高齢者が多く、あと10年で、私も含め

9割がいなくなる。正弦社を後ろ盾とする野村峰山氏、

新進気鋭の岩田卓也君、岩田律園氏の二人の息子さんが

頑張っているが、なかなか、若い人に尺八が普及しない。

と思いきや、最近、正月以来テレビでも和楽器が時々

登場する。和楽器バンドの認知度もじわじわ上がってきている。

昨年から 松蔭高校で尺八を教えるようになったし、

千成小学校をはじめ、小中学校からの演奏依頼も増えてきた。

S39年の東京オリンピックを前に尺八ブームが沸き上がったように

また2020年の東京オリンピックを機に再度尺八ブームが来るか。

最期のあがきじゃ。