現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

9月9日能楽堂公演迫る

2012-08-30 21:50:55 | 虚無僧日記
9月9日「第三回一路会公演」もいよいよあと10日に
迫ってきました。私の出番は、第一部の4曲と、第二部
会員発表の最後の一曲、計5曲です。

1『風韻』笛と尺八の二重奏。先日ようやく構想が固まりました。
  最初と最後のフレーズを決め、あとはアドリブです。
  私は2尺4寸管を使います。

2『雪女』ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の怪談です。
  片山温子さんの語りがすごい!。鬼気迫る迫力。それに
  尺八、琴、太鼓がバックで効果音を発します。
  
3『飛燕草に寄せて』中島はるさんの作品です。30年前
 東京でのリサイタルの時、9孔尺八のために作曲して
 もらったものです。12音階の曲ですので、9孔尺八
 ならでは吹ける来良くです。

4『月奏』私の作曲?です。今日ようやくカタチができて
 きました。昨日まで、構想がまとまらず、四苦八苦して
 いました。

5『芸流(ゲール)』私の高校の時の尺八の師「古賀将之」氏の
作品です。古賀氏は、日本音楽集団の初期のメンバーでしたが、
感ずるところあってか、アメリカに渡り、永住権を取得して
現在もアメリカで尺八を教えています。
彼の「望郷の念」が感じられる曲です。

さてさて、ようやく「譜面」ができあがり、これから
練習練習。集中力!です。 誰も聞いたことのない、
誰も真似できない尺八の音をお聞かせしましょう

二律背反の課題を解決

2012-08-30 21:50:45 | 村野藤吾
建築家「村野藤吾」のすごさは、不可能を可能にしてしまう
“神の手”にあります。「千代田生命」ビルの建設にあたって
相反する命題がいくつかありました。

① まず、千代田生命としては、「近代的な高層ビル」を
望んでいましたが、ここは住宅専用区域で「高層ビルは
建てられませんでした。そこで「村野先生」が考えたのは、
高低差のある敷地ということで、坂の上の方に正面玄関を
もっていき、そこから上に地上4階。そして坂の下を地下
として2フロアーを設け、6階建てとしたのです。

それだけでなく、同じ外観で屋上に3フロァーを「塔屋」
として乗せました。それで、9階建てに見えるのですが、
上の3フロアーは、なんと、エレベーターの機械室や
貯水タンクが置かれた塔屋、下の2フロアーは地階なのです。

②次なる課題は「オフィスビルなので、窓を広くとり
陽光を多く取り入れたい。しかし、近隣の住宅街に
そぐわない“ガラスの壁”は作りりたくない」という
ものでした。当時、「丹下健三」が有楽町の旧都庁ビルを
てがけ、鉄骨とガラスだけの外観で「これぞ近代建築」
と絶賛されていました。村野藤吾は「ガラス張りの
外観は、光を跳ね返し、また地震などでガラスが崩落
する危険がある」と反対でした。

そこで千代田生命ビルは、外観は鉄とガラスなのですが、
全フロアーにバルコニーを巡らし、その外を3600本もの
柱で覆い隠すことにしたのです。

しかし、この柱(ルーバー)をコンクリートで造った
のでは、やがて亀裂が生じ醜くなる。「村野先生」は
「これをアルミの鋳物で造ったらどうか」と考えました。

ところが、当時の「アルミ業界」は「とんでもない
無理 無理」と二の足を踏みました。そこで引き受けた
のが「久保田鉄鋼」でした。アルミの本職でない業界
だからこそ、自由な発想でこの大事業を成し遂げたのです。

全館をアルミのルーバーで覆うという初めての経験
ですから、厚さは何mmにすれば、全館の総重量は
いくらになるか、耐久度はどのくらいもつのか、
すべて未経験でした。また、アルミでは常識的には
キラキラ金属面が光り輝くものですが、それを
「村野先生」は、鋳型に砂を敷いて、表面をザラザラ
にしたのです。また特殊加工で「利休鼠(ネズミ)」の
色に仕上げました。

さて、アルミのパーツですから、そのままでは
薄っぺらい金属板で覆われた、中が空洞の柱です。
人間の目というのは、中が空洞か(張りぼてか)
芯があるか判るものです。そこで「村野先生」は
その中に「砂を入れよ」と指示しました。

当時、砂は海岸から採掘され塩分を含んでいましたから、
担当者は「塩分でアルミや鉄の部分が腐食する」と
反対したのですが、「村野先生」は「それなら、砂を
煮沸して塩分を取ればいい」と命じました。

とにかく、一般常識で施工担当者が「反対」すると、
「村野先生」は全部、それをクリアーさせる天才的な
人でした。驚くような話は まだまだたくさんあります。
「高層ビルのようにも、低層ビルのようにも見える」
「地下3階に、巨大なボイラーをどうやって入れたか」
「トイレのドアは なぜ45度の半開状態で止まるか」
など、「千代田ビルの7不思議」。その謎解きは実に
面白いものです。

なんでも細く繊細好みの先生ですから、「喫茶室の
軒ひさしの厚さを15cm」と指定します。施工者は
「それでは、天上を支えきれない」と反対します。
すると先生は「君は何のために給料もらってるのか、
頭を使え」と叱ったといいます。仕事とはそういう
ものだと私も感じ入ったものでした。

旧「千代田生命本社ビル」

2012-08-29 15:12:26 | 村野藤吾
現在の「目黒区役所」は、元「千代田生命の本社ビル」でした。

それまで、千代田生命の旧本社ビルは京橋にあり、
大正12年の竣工でしたから、老朽化していました。
関東大震災にも太平洋戦争の空襲にも崩れずに
残ったビルで、そうあの「デビ夫人」も中学を卒業して
「給仕=庶務Ⅱ」として働いていた“由緒ある?”
ビルでした。

当時の千代田生命の社長は、海外の保険会社を視察して、
「これからの時代は 本社ビルは 都心にある必要はなく、
郊外の広々とした敷地に建てるのがよい」との判断で、
目黒の住宅街に移転することを決めたのでした。

ここには 戦前からアメリカンスクールがあったのです。
ジュディ・オングもここに通っていたとか。

私の記憶では、昭和30年前後、駒沢通りは、スクール
バスや生徒を送迎する外車でよく渋滞していました。
「スクールバスは追い抜いてはいけない」とのことで、
日本の車はノロノロと後を着いて走っていました。
子供心に「敗戦国の惨めさ」と思っていましたが、
後に、グアムやハワイでも「追い越し禁止」と知り
ました。

さて、その渋滞を解消するために、アメリカン・
スクールは、立川への移転を計画しており、
タイミングよく、その跡地を千代田生命が買った
のです。

そして、その建築設計を「村野藤吾」に依頼したの
でした。「村野藤吾」は、日比谷の「日本生命ビル」
(日生劇場)を完成させ、注目を浴びていました。
それで(千代田も・・・)と「村野先生」にお願いに
あがった後、日生の担当者に挨拶に行ったら、
「大変なことになりますよ」と脅かされたそうです。

そう、当初予算は40億でしたが、最終的に5割増しの
60億に跳ね上がり、担当役員は大蔵省への説明に
四苦八苦したという、実に“大変な”ビルなのです。

目黒区役所へ

2012-08-29 15:12:09 | 虚無僧日記
8/27(月) 目黒税務署で相続税のことを聞き、
ついでに目黒区役所に寄ってみた。私の実家から
徒歩15分ほど。ここは元は 千代田生命の本社ビル
だった。

建築は「村野藤吾」。千代田生命ビルは「外壁を
すべてアルミのルーバーで覆った世界最初の建物」
として、建築史に残る建物なのだ。私が広報部に
勤務していた頃、毎年100人以上の建築家が見学に
来られ、私がその案内役を務めていた。外国からも
みえた。

「千代田生命ビルと村野藤吾」のことなら2時間でも
3時間でも語り尽くせない。

さて、その「村野藤吾」が 精魂傾けたビルだが、
まず正門から入ったスロープが途中で寸断されている
ではないか。玄関エントランスには、あるべきはずの
「グレコの像」が無い!。中はすっかり改造されて
もう涙がチョチョぎれる。

全館を周って、喫茶店で休む。年寄りや子供連れの
若いママさんが休憩している。
そう、村野藤吾は「このビルが 近隣の人々の憩いの
場になってくれれば」と語っていた、その思いが、
目黒区役所になってようやく実現したのだ。

「これでいいのだ。すっかり改装されて、また
新しく生まれ変わって、これで良かったのだ」と
明るい気持ちになって、ビルを後にした。

尺八に魅せられて

2012-08-28 01:00:10 | 虚無僧日記
中日新聞 8/26夕刊に「虚無僧の絵」があり、
思わず 目が釘付けに なりもうした。
『300文字小説』欄に「名古屋市緑区の無職、
中村直幸さん(85歳)」の投稿が載ったのでした。
転載させていただきます。

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私が子供だった頃には、虚無僧がよく廻ってきた。
白装束に袈裟、白足袋に黒い鼻緒の雪駄と“粋な”
格好をしていた。天蓋に隠された顔を見たさに、
悪童達は、ぞろぞろとその後をつけ廻した。

虚無僧は門構えのある家を選んで門口に立つ。
尺八を構え、白い手甲の指先が揺れると、得も
言われぬ音色が辺り一面に波立っていった。

息せき切って家に帰り、祖母に「俺も虚無僧に
なりたい」とせがんだ。あすな時代が、もう一遍
来てくれんかなぁ~。

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いやぁ、涙がこぼれるほどうれしい。“私と同じ人が
いたなんて”という感動です。

私も5、6歳の頃、わが家の前に虚無僧が来たのです。
白い着物で尺八を吹く姿に魅了され、ビビッとき
ました。以来ずっと憧れていたのです。

親に「尺八を買って」とせがみましたが、「乞食
の真似をするのか」と叱られ、秘かに 竹箒の柄や
物干竿を切っては 孔を開けて、尺八もどきものを
作ってみたのでしたが、全く鳴りませんでした。

10歳の時、母の実家の押入れで 尺八を見つけた時は、
もう小躍りして喜び、即借りてきたのでした。

そして私が、晴れて?虚無僧の旅に出たのは18歳の
時です。親から預かった大学の授業料10万円で、着物と
虚無僧用具一式を買い込んで、1ヶ月の放浪の旅に
出たのでした。ホントに虚無僧は“悪”です。


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「尺八に魅せられて」 続き

2012-08-28 00:41:06 | 虚無僧日記
中日新聞 8/26夕刊『300文字小説』に載った「名古屋市
緑区の中村直幸さん(85歳)」の投稿『尺八に魅せられて』。

同じような思いは よく聞きます。虚無僧で吹いていて、
あるいは講演で、今まで、数人以上の人から「昔聞いた
虚無僧の尺八の音が忘れられない」と言われました。

昨年から私の所に「虚無僧尺八」を習いに来られている
石原氏も同じようなことを言ってます。

「昔聞いた虚無僧の吹く尺八の音が忘れられなくて」と。
「そこで、近所の 尺八家の所に習いにいったけれど、
どうも違う。昔聞いた虚無僧の尺八の音と違う」と、

それで私のところに来たのでした。石原氏は、9月9日、
能楽堂で『下り葉』を吹奏します。一年前入門された頃
とは音色も音量もすっかり変わりました。「密息」の
極意も身につけたようです。本番が楽しみです。



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虚無僧のイメージ

2012-08-26 05:40:35 | 虚無僧日記
先日招かれた講演会で、司会の方が申されるには
「虚無僧というので、さぞ格式ばったお堅い方が
来られるのかと思ってました」と。

「はい、“こわそう”じやありません“虚無僧”です。
私は、虚無僧の中でも異端児です。こんな虚無僧も
“いたんだ”と思ってください」

そして、紹介されるとき「ずいぶん開けた面白い
方です。悟りきっておられるといいましょうか・・・」と。

なるほど「“悟りきる”と、天上がスッポ抜けたように
なるのか」と私の方が教えられた気がしました。

虚無僧のイメージ
①いかがわしい
②いい加減
③乱暴者
④得たいの知れない者
⑤世捨て人
⑥敗北者・落ちこぼれ

どうも良いイメージではないようです。

だいたい 天蓋で顔を隠しているのだから不審者でしょう。
名古屋駅や栄の地下街では「不審者を見たらお知らせ
ください」の放送が流れ、ガードマンが飛んできます。
私の後を付けてき、私が立ち止まると「ダメダメ」と。

「いえ、ここで人を待つことになってますので」と
かわしてみました。

(そう、喜捨してくださる方を 待つのです)

村々を廻ると、大抵「不審者を見たら警察へ通報を」と
いう看板がある。木曽の馬籠では、とうとう通報されて、
警察官の職質を受けました。「どちらから!」と聞かれて
尺八で空を指し「あのよォォォ」。「????」

これでは一休さんじゃ。
そんなこんな 善と悪の はざまを楽しんでいる私です。


虚無僧修行

2012-08-24 14:42:10 | 虚無僧日記
先日の詩吟の会は 155人。午前9時半から午後4時半まで、
昼食の30分を除いて、6時間半ぶっ通し。限界への挑戦と
ばかりに吹きまくったのですが、全然平気でした。
虚無僧修行の成果でしょうか。

虚無僧で1時間 直立不動で立って吹いていると、手より
先に 足が硬直してきます。歩いている方がまだ楽です。

虚無僧は尺八以外に、経も読まず、『無言の行』ですが、
これがなかなかできない私です。喜捨いただくと、つい
「ご報謝ありがとうございます」と言ってしまって、
「“ありがとう”は こちらの方が云う言葉です」と
たしなめられたこともありました。

でも、以前「こんなに 心に響く音色 聞いたことがない」と
感動していただいたご婦人から連絡があって「9月9日の
能楽堂公演、ぜひ聞きに行きたい」とのこと。1万人に
一人でも、私の尺八の音に感動していただける方と
出会える。これが虚無僧冥利です。

期待に応えるためにも、只今“猛稽古”中です。



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循環呼吸

2012-08-23 18:03:40 | 尺八・一節切
循環呼吸」というのは、管楽器で、吹きながら
同時に鼻から息を吸う。息継ぎをせずにエンドレス
で音が鳴り続けるという奏法です。

オーストラリアの原住民アボリジニの吹く木管楽器
ティドュリドゥがそうです。これにヒントを得て
今や 世界中の管楽器奏者が試みています。

モンゴルの横笛奏者で5分くらいの曲を息継ぎなしで
なめらかに吹いていたのを聞いたことがあります。

台湾の尺八家「文松唐」も、「循環呼吸」を解説して
います。

日本では、中村明一氏が、古典本曲を 息継ぎ無しで
吹いています。某音楽評論家は絶賛していますが、
多くの古典尺八愛好家は批判的です。「聞いていて
息が詰まる。気せわしい」と。古典本曲は「間」の
芸術だと 私も思うのですが。

「密息」とは、中村氏が言う「ポンプ式の圧力の
かかった吹き方」ではなく、「密やかな息」。
つまり「息継ぎがわからないような、なめらかな
奏法」という説に私も同感です。そのために
必要あれば「循環呼吸」を利用するというのが
ベストでしょう。


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鳴ったネイ

2012-08-23 08:35:34 | 私の尺八遍歴
中近東の縦笛「ネイ」に挑戦しています。ネットで
「ブルガリアのカヴァルの吹き方」というサイトを
見つけました。構造は「ネイ」と同じく、唄口は
筒を切断したままです。「吹き方」について詳しく
書かれていました。
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唇に斜めに当てて、そのまま息をまっすぐ、軽く出して
みてください。鳴りましたか? たぶん 初めは 鳴りま
せんよね。その場合、以下の点を色々試してみてください。


・口のすぼめ具合(息の太さ)を色々変えてみる

・唇に当てる位置を微妙に変えてみる(あくまで真ん中を意識)

・息の強さが軽過ぎるor強過ぎる(リコーダー程度の力で充分鳴ります)

・カヴァルを斜めにし過ぎて横になっているor真っ直ぐだ

・カヴァルの上下方向が斜めになっている(上下方向は唇に対して水平です)

・吹き口に唇を押し付け過ぎだor押し付けなさ過ぎだ

・唇をとがらしている(基本的にとがりません)

・唇が横に伸びている(フルートや尺八経験者は要注意)

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「尺八経験者は、(唇の締めすぎに)要注意」とまでご親切なことです。
つまり、唇は締め過ぎず、緩め過ぎず。息は強からず、弱からず。
すべて中庸、自然体と解ったら、一瞬 ピーと鳴りました。でもまた
すぐ鳴らなくなりました。

今朝、時々ピーピーと鳴るようになりました。そしてまたすぐ鳴らなく
なります。その繰り返しの間隔が次第に短くなり、ついにピーピー
鳴るようになりました。鳴ると結構うるさいです。

本当にただの筒。でこれでも音が出るということに感動です。
尺八の初心者も同じ思いをされているのですね。

さてさて「ネイ」が鳴り出したら、今度は尺八がウンともスンとも
鳴らなくなってしまいました。いかんいかん。


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