現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

宴乃桜さんのブログから

2008-09-03 11:31:53 | H20./8月 四国の旅
自分のことしか頭にない私である。「そうだ『宴乃桜』さんの
ブログを覗いてみよう」と、今頃になって ようやく気づいた。
多岐にわたって、精力的に書いていらっしゃることに まず脱帽。
8月14まで遡って、やっと見つけた。私のことが丁寧に書かれて
あった。すばらしい表現力。もったいないので転写させていた
だこう。


「今日、一路様にお目にかかりました。(^^)徳島から当地に来られ、
明日は高知とか。「たく鉢」と言っていいのでしょうか、門前で吹かれたり、
吹き歩いてらっしゃいました。虚無僧のお姿を堪能しました。屋外なのに、
また歩かれているのに、素晴らしい張りのある音でした。さすがにお上手な…
まさにプロだな…と感じました。有無を言わさない実力と、人の視線を集める力、
その視線を吸収してしまう。すごいものなのですね…

一路様は「芸能」と「芸術」は違うとおっしゃっておいででした。
確かにイメージとして「芸能」といえば、現金の垢が纏わり付いている
イメージもあるかもしれません。芸術といえば、一切の雑念を寄せ付けない
磨き上げられた真空状態の芸の姿、というものかも。

そういう意味なら今日の一路様は芸術だったと思います。その存在感、
人々の目はたやすい視線でなく、喜びと、触れてはならない神聖なものを見た
という視線でした。一路様はただ自然、泰然…。天蓋を脱がれて人に話し掛ける
時の自然さ、風の様な。人々も警戒心なく会話が続くのは、そのあまりの
自然なお姿からでしょう。

色々勉強されられました。芸術とは、まずは美しくなければ。
一路様の美学、美意識、見習わねばと感じ入りました。

暑いので
「これ(天蓋)貸しましょうか?」
とおっしゃった時は大笑いしてしまいました。(^^)
スカートはいた女が天蓋かぶって往来を歩いたら…
お巡りさんが走って来るかも。(^^)しかしそういうの本当は好きな性格なので
困ってしまいます。一度借りてみたらよかったかもしれません。(^^)」


「やはり天蓋を お貸しすればよかった。詰めの弱い、
最後でひいてしまう私です」(一路)

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宴乃桜さんのブログから 2

2008-09-03 10:57:28 | H20./8月 四国の旅
『宴乃桜』さんのブログから、ひきつづき
転載させていただきます。


「内子の町並みにご案内し、散策しました。
といっても散策したのは私だけ、虚無僧一路先生は吹き歩いて
らっしゃいました。
内子の人々は、虚無僧というものを知ってるな、と感じました。
家々の前まで出て来られ、虚無僧一路先生に合掌するんです。
ああいう、作法と言ったら大袈裟ですが、虚無僧が来たらどう
接するのかを知ってるんです。やはり内子という街は、本物だな、
と感じました。

虚無僧一路先生は尺八もとてもお上手でした。聴きほれる。
歩きながら吹いてらっしゃるのに音が揺れないし下がらない。
歩く振動を足の膝あたりで柔らかく消化なさってる感じでした。
上半身が動いてない。それで綺麗なんでしょうね」

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桜さんからのコメント

2008-09-03 07:20:33 | H20./8月 四国の旅
四国松山でお会いしたマドンナ「宴乃桜」様から、ステキな
コメントをいただいた。公開させていただこうかな。


「一路先生は穏やかで自然と一体化された、風のような御方
という印象を持っております。山にあれば山の一部、お寺に
あれば境内の一部、町並みにあってもその一部、川にあっても
谷や吊り橋や海や松原、田畑、どこにいらしても風景に一体と
なり、掛け軸の絵のようになられると思います。
柳のようにしなやかに流れに逆らわず、しかし折れない、
といったような…。それは四国に見えてからでしょうか?
元々そういう御方でいらっしゃるのでは…?と私は思います…。」

なんてステキな文章を書かれる方だろう。
「明にあれば明に、暗にあれば暗に、行雲流水の如く」が
虚無僧のめざす到達点だが、それを見事に表現していただいた。
私の尺八は、正に、その場 その場に溶け込む音を目指している。
名古屋に帰ったら名古屋の音しか出ないが、四国で響いたあの
清らかな音が なつかしい。

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四国遍路の図

2008-09-03 07:16:24 | H20./8月 四国の旅
「歴史読本」昨年の8月号に『乗泰居士四国巡拝画帖』と
いうのが載っていた。内容は、江戸末期の文化11年(1814)、
丹波の国の父子の四国遍路の図。

父親は脳梗塞であろうか、歩行もままならぬ様子。その父を
息子が向かい合うように立って、父親の両腕を支え、自身は
後ろ向きに歩行している。顔をしかめ苦痛の表情の父親。
それに対して 父親をいたわる孝行息子の優しい眼差し。
二人を見守り、ゆっくりゆっくり歩く供の者。それぞれの
表情が見事に表わされている。場所は四国の最難所。
雲上寺に向かう「遍路ころがし」の急坂だ。

不治の病に冒された者、障碍を抱えた者が、より困難な難行
苦行に挑む。それは神仏にすがるというより、自分に より
困難な試練を課して、それを乗り越えようとする強い意志が
感じられる。自分との戦いの行なのだ。四国遍路は、霊場
参拝というより、歩くという難行苦行の中で 神仏と迎合する
旅なのだと知る。

盲目のゴゼも然り。松本清張の「砂の器」に見るライ病患者の
乞食遍路もそうだった。そうした姿に 私は心打たれ、深い感銘
を受けるのである。

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遍路は死出の旅路?

2008-09-03 06:52:13 | H20./8月 四国の旅
「歴史読本」昨年の8月号に掲載された「四国遍路の図」
の解説文の標題は「死出の旅としての四国遍路」とある。

病をおして不自由な体で四国遍路の旅に出た七郎左衛門
は、遍路の途中で死に絶えたのだろうか。無事完行し、
帰国したのだろうか。顛末はわからない。(次号H19.9月
号に続くとある)

四国遍路は、果たして「死出の旅」なのだろうか。私も
四国に行く前は そのように思っていた。四国は「死国」
かと。(死者の魂が集まるという高野山や、下北の恐山
のように)

以前、このブログで「将来、尺八が吹けなくなったら、
四国遍路で野タレ死にしたい」などと書いたら、
『宴の桜』さんから「そんなことできません。すぐに
救急車が来て運ばれてしまいます」というような
コメントがあった。その時から「桜」さんに会ってみたい
と思った。

今夏 わずかばかりだが体験してみて、四国遍路は、
「死出の旅」というより、「生きるチカラ」が沸く
“明”の場だった。たとえ途中で病に倒れることが
あっても、生死を超越して神仏と迎合できるのだ。
暗く終わるはずはない。

それは虚無僧にも言える。一般の人は、虚無僧に
「隠者」という暗いイメージを持つが、私は、
結構 たくましく 明るい虚無僧だ。
桜さんも、「一路さんは120歳まで生きそう」と
書いてくださった。そうかもしれない。そんな 気に
なってきた。感謝。

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(39) 総括

2008-08-23 09:07:02 | H20./8月 四国の旅
「一回り 大きくなって帰ってきなさい」と
“まぁねえ(マネージャー)”に 尻を叩かれての
四国の旅だった。

行く前の占いで「旅に出て、泥棒に遭う象」と
出たが、「天蓋、偈箱、尺八など、盗っていく人も
いないだろうし、お金は 盗られれば、また托鉢で」
と思えば、 野宿していても 怖いものなし。

歩いている時は、何も考えない、考えられない。
一切“無心”だ。「泥棒に遭う」とは この事だった
か。心の迷いも 苛立ちも、みんな“泥棒”に 盗って
行かれた。

嫌なことは一つもなく、何ごとも「気にしない、気に
しない、平気平気」の ルンルン気分だった。

帰って1週間。今朝は「朝起き会」で 支部長の小言を
聞かされる日。いつも「昔はどうだった、あぁだった。
ちっとも会員が増えない」と、愚痴とお説教を聞かされ
るたびに、「あなたが居なくなれば いいのだ」と 反発
していた。「今日一日、腹をたてず、人の悪を言わず」
と お誓いしながら、支部長に腹を立て、支部長の悪口を
言う自分だった。今日は、腹が立たなかった。人それぞれ、
立場と資質。こんな支部長でも、居なければ、タガが
はずれて、朝起き会は崩壊するだろう。反発していては
前進はない。どうしたら改革できるか、考えるのが 善 と
気持を切り替えることができた。
これが、四国遍路の成果かな??。

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(37) 番外編 勝ち負け 3

2008-08-23 07:38:12 | H20./8月 四国の旅
北京オリンピックも高校野球の喧騒もよそに
四国を旅していた私である。

高校野球では 母校の慶応高校が 46年ぶりに
出場とか。そういえば、私が在籍中に 甲子園
出場があったのだ。あの時は 燃えた。今回の
結果は? 知らない。妹は応援に行くと云って
いたっけ。私には慶応も遠い存在となった。

駅の電光掲示板で、野口の棄権、谷の銅を知る。
以前なら「情けない、悔しくないのか!」と、
怒鳴っていただろうが、トボトボ、ヨロヨロ
歩きの自分を省みれば、お二人にも同情できた。

そういえば、私は柔道部だった。おかげで、
以来 50年。健康で体力もまだまだ十分。柔道部
OB会の案内が来ていたっけ。お金と時間が
無いから 行かれない。ザンネン。

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(36) 番外編 勝ち負け 2

2008-08-23 07:07:51 | H20./8月 四国の旅
桜さん 「月岡祐紀子さんは、ほんとに明るい方で
     話が面白く、運転していて、おかしくて
     ハンドル握れず、路肩に止めて笑いこける
     くらい」

一路  「ウーム、負けた。虚無僧は 暗いから いかん。 
     ボクも 笑える虚無僧になりたい」

鈴花  「あなたは、あなた」

私を見て、にこにこ笑顔に。子供も「あれ なぁに」と
アンパンマンのぬいぐるみを見ているように、目を輝かす。
そんな表情を見ると うれしい。

そういえば、四国では、いたるところにアンパンマンの
ポスターがあった。徳島で会った山川さんも、アンパンマンの
ぬいぐるみをかぶって、幼稚園で まず子供たちを喜ばせ、
それから 笛や尺八を聞かせるのだとか。負けた。

鈴花 「どこまでも勝ち負けに こだわるアナタ。
その性格が とれると いいのにね」

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(35) 番外編 勝ち負け 1

2008-08-23 06:44:43 | H20./8月 四国の旅
一路 「初めはスタスタ、2日目はトボトボ、
    3日目には もうヨロヨロで、杖を突いて
    病院から出てきたお婆さんに追い抜かれた。
    情けない」

鈴花 「まだ悟りきってないねぇ」

ほんとだ。「人と比較するのをやめよ」と、
ふだん 人に説いている私である。

足は速いのが自慢だったが、若者がどんどん
追い越していく。お婆さんにまで追い抜かれた
のはショックだったが、自分を知るということだ。

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(34) 番外編 笑顔が一番

2008-08-23 00:20:04 | H20./8月 四国の旅
上地のブログは、一日1万件以上のアクセスが
あるとか。この超人気の秘密は、徹底した“笑顔”
サービスだ。上地を見ていると、こちらも笑顔に
なる。

ところで、名古屋人は みな にこにこしている。
独りで歩いていても、うれしそうに 目元が笑って
いる。虚無僧を見ては、にこにこ きゃーきゃー笑う。

四国では、フンと知らん顔。こちらが「おはよう
ございます」と声をかけても、返事が返ってこない。
遍路が多いから、いちいち 他所者に かまって
いられないのか とも思った。

宇和島城で、私に話しかけてきた人は、なんと
名古屋の人だった。

桜さんの話では、「内心 関心があるのだけれど、
あえて知らんふりするんですよ」と。私のブログに
投稿してきた桜さんは、四国では異端児だ。
(こういう人も“いたんだぁ”)。

最初は、無視されることに戸惑ったが、結果的には 
2,30人の方から 尊い篤志をいただいて、無事帰って
これたのですから、感謝です。
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