今月号の『世界』、片山善博氏が「地方自治の不具合とマスコミの見識」という文を書いている。
片山氏は鳥取県知事を務めた。だから地方議会の実態をよく知っている。地方議会は「学芸会」と「八百長」だという。
議会で誰が質問をするか決まると、市の吏員が「ボクの部署に関する質問はありますか」と尋ねてくる。「ない」と答えると喜び、「ある」と答えると「お手柔らかに」という。
そして質問内容の通告が行われるころになると、関係吏員がしきりに質問内容を聞きに来る。質問に対する答弁を、答弁する人が市長であっても、実際には課長クラスが書くのだが、へんな答弁を書くとひょっとしたら「降格」になるかもしれないから、必死である。
だがほとんどの議員はあたりさわりのない質問をして、あたりさわりのない答弁をさせて、それで終わり。
ボクも、ある議員の質問作成に関わることがよくあるが、質問の内容によっては、文献を読み、市の関係者からヒアリングをし、話し合ったり、それはそれはなかなかたいへんだ。おそらくその議員がもっとも質問作成に時間をかけているのだろうと思う。
しかし、質問をしても、事前に質問事項を知らせてあるので、言質を取らせない内容に閉じ込めてしまい、せっかく具体的な質問をつくってもはぐらかされる答弁しかかえってこないことがある。重要事項については、いくつかの答弁を予想しておいて、その答弁に関わって再質問、再々質問を準備することもある。
ボクがこの活動に参加して考えたことは、議会での質問作成に力を入れるだけではなく、市が何らかの政策を考えているときに、その担当吏員と話し合いながら、こちらの要望を政策の中に反映させていくほうが、効果的ではないかということだ。
議会での答弁は、その答弁が終わればそれで終わり。内容によってはむなしさを感じることがある。
いずれにしても、地方議会の状況は決して活発ではない。以前も書いたが、某議員が敬老会で「私たち行政に携わる議員は・・・」と挨拶していたのを聞いて驚いたことがある。議員は行政をする人なの?こういう人が議員になっているのだから、地方議会が活性化するわけはない。
ほとんどの地方議会は、ちょっとカネがあるから「センセイ」と呼ばれる人になろうかという人々によって構成されている。彼らのほとんどは勉強しないし、市から配布される厖大な文書も読まない。
そういう議員たちに、市民は多額の報酬を支払っている。
もうじき地方選挙がある。
片山氏は鳥取県知事を務めた。だから地方議会の実態をよく知っている。地方議会は「学芸会」と「八百長」だという。
議会で誰が質問をするか決まると、市の吏員が「ボクの部署に関する質問はありますか」と尋ねてくる。「ない」と答えると喜び、「ある」と答えると「お手柔らかに」という。
そして質問内容の通告が行われるころになると、関係吏員がしきりに質問内容を聞きに来る。質問に対する答弁を、答弁する人が市長であっても、実際には課長クラスが書くのだが、へんな答弁を書くとひょっとしたら「降格」になるかもしれないから、必死である。
だがほとんどの議員はあたりさわりのない質問をして、あたりさわりのない答弁をさせて、それで終わり。
ボクも、ある議員の質問作成に関わることがよくあるが、質問の内容によっては、文献を読み、市の関係者からヒアリングをし、話し合ったり、それはそれはなかなかたいへんだ。おそらくその議員がもっとも質問作成に時間をかけているのだろうと思う。
しかし、質問をしても、事前に質問事項を知らせてあるので、言質を取らせない内容に閉じ込めてしまい、せっかく具体的な質問をつくってもはぐらかされる答弁しかかえってこないことがある。重要事項については、いくつかの答弁を予想しておいて、その答弁に関わって再質問、再々質問を準備することもある。
ボクがこの活動に参加して考えたことは、議会での質問作成に力を入れるだけではなく、市が何らかの政策を考えているときに、その担当吏員と話し合いながら、こちらの要望を政策の中に反映させていくほうが、効果的ではないかということだ。
議会での答弁は、その答弁が終わればそれで終わり。内容によってはむなしさを感じることがある。
いずれにしても、地方議会の状況は決して活発ではない。以前も書いたが、某議員が敬老会で「私たち行政に携わる議員は・・・」と挨拶していたのを聞いて驚いたことがある。議員は行政をする人なの?こういう人が議員になっているのだから、地方議会が活性化するわけはない。
ほとんどの地方議会は、ちょっとカネがあるから「センセイ」と呼ばれる人になろうかという人々によって構成されている。彼らのほとんどは勉強しないし、市から配布される厖大な文書も読まない。
そういう議員たちに、市民は多額の報酬を支払っている。
もうじき地方選挙がある。