浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

ジェネレーションY

2016-08-04 23:35:21 | その他
「ジェネレーションY」ということばをはじめて知った。「1980年代から2000年にかけて生まれた人たちのこと」で、彼らは欧米で一定の政治勢力として存在感を示しているようなのだ。その政治勢力とは、左派だという。英国の労働党のコービン、スペインの結党2年目で第三政党になったポデモス、米国のバーニー・サンダース、彼らを「ジェネレーションY」が支援している。

 そのことを、在英のブレイディみかこ氏が報じている。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20160325-00055564/

 そのなかで、日本では「左派」が「緊縮財政」を唱えていて、欧米と反対だと記している。この場合「左派」とは民進党のことをさすのだろう。確かに政権にもついていない民進党は、消費税の増税を訴え、緊縮財政を唱えている。私はこれはまったく阿呆だと思っている。

 安倍政権は、増税の時だけ、財政赤字に注意を向けさせ、そうでないときは、国家財政を湯水の如くつかっている。それなのに、政権についていない政党が、財政赤字を心配している。

 民進党が、まったく中途半端な政党だから、日本の場合はややこしい。民進党には、現在の右派革命勢力である自民党にはいったほうがよいと思われる人物もいるし、そうではなく社民党系の人もいる。だからまったくまとまりのない政党で、だからこそ期待できない、信用できない、となって、「ジェネレーションY」から支持されないのだ。

 日本にも欧米のような動きが出てくるだろうか。
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夕顔、そして海

2016-08-04 22:43:27 | その他
 夕顔の苗をあげた方から、やっと咲いたという連絡が来た。

 私のところは、もう7月から咲いている。毎日夕方になると、今は4~5、大きな白い花を咲かせている。私は、この白が好きなのだ。純白?それが月の光に映え、静かに夜を咲き続ける。

 この夕顔は、もう10年以上前に買い求めた種が、毎年、毎年、新しい種をつくりだし、その種が芽を出し、それが多くの人々の手にわたる。そして大きな白い花となって、夜の庭を飾る。

 毎年、夕顔は、あたらしい生を生きる。その時間は一年にもならないが、夏から秋にかけて咲き続ける。そして種を残してこの世を去る。

 人間は、約80年間、一つの人生を生きる。年齢を重ねると、もうやり直しがきかなくなる。すると、過去の諸々のことが想起される。人間は、老いてくると、過去に生きるようになる。

 知人の母親は、老いてから、何度も自分の家に帰ろうとしたという。その家とは、子どもの頃に生活していた家だそうだ。

 そうか人間は、歳を重ねていきながら、みずからの「始源」を求めるのか。

 私も、これから「始源」に向かって生きていくのだろうか。もしそうなら、途中で、もう一度沼津・千本浜からみたあの静かな海を見たい。
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『世界』を読もう!

2016-08-04 21:21:25 | その他
 岩波書店から発売されている月刊誌『世界』は、高校一年生の時から読み続けている本だ。もちろんそこに記されていることがすべて是認することができるものではない。しかし、そこには日本の良識が書かれていた。

 今は、基本的な知識のないまま、放言とも言うべき言説が幅をきかせるようになった。日本の「知」が軽視され、足蹴にされているのだ。

 何事かを主張しようとするとき、そこには基本的な知識がなければならない。それなしには、その主張は力を持たないからだ。その主張そのものの力によって、他者にその主張を理解してもらう、それがあるべき姿である。
 ところが最近は、根拠なきこと、虚偽、はったり、あるいはデタラメ・・・・を、何度も言い張ればよいとばかりに主張する。虚偽的な主張を暴力で蔽ってそれを他者に強いるのだ。そういう暴力に蔽われた虚偽の言説がまかり通ることを、メディアも助長する。政権も、同じような言説を垂れる。

 今まで、多くの人々により、営々と築かれ、蓄積されてきた「知」の権威が揺らいでいる。

 『世界』に書かれた論説は、そうした「知」を踏まえ、現実のありようとを交錯させ、あるべき姿を示していく。そういう論説は、私たちが生きていく上で必要なのだ。

 私は、『世界』に育てられてきた、と思っている。とくにもっとも感受性が強いと言われる時期、時に記されていた吉野源三郎氏の論説は、私の生き方に大きな影響を与えた。
 その頃、アメリカ合衆国という侵略的な国家が、小さな国、ベトナムに激しい攻撃を加えていた。その攻撃の下、多くの民衆が殺され、傷つき、逃げ惑い、そして闘っていた。そのベトナムの民衆のリーダーとして、ホーチミンという人間がいた。

 吉野源三郎氏は、折に触れて、ベトナムのことを書いていた。そしてホーチミンのことを「一粒の麦」として描き出した。吉野氏の『同時代のこと』(岩波新書)は、『世界』に書き続けてきた論説を一冊にまとめたものだ。

 人間として、知性をもった人間として、ベトナムのことをどう考えたかー吉野氏は自らの考えを印象深く、力強く書き、そして私のような人間に大きな影響を与えた。

 『世界』は、そうした論説を今もなお提供しつづけている。聞くところによると、発行部数が減っているとのことだ。それは、日本の知的レベルの低下とも言いうるであろう。

 『世界』は、ある種の羅針盤でもある。羅針盤をもとうではないか。
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出版不況

2016-08-04 12:06:59 | その他
 書店に行くと、膨大な本が並んでいる。しかし、きちんとした本はなかなか売れないようだ。人々が買うものは、ハウツーものか、気軽に読めるもの。

 私が高校時代は、いまだ「教養」ということばが息づいていた。高校生として読んでおかなければならない本がたくさんあった。日本文学や海外文学、哲学や科学・・・・・・・、とにかく読んでいないと恥ずかしかった。というのも、授業の休憩時間には、そうした本の話題が多かったからだ。話題となった本で、もし読んでいなかった場合、帰りに書店によって購入し、翌日にはその話題に入れるように努力した。

 私は、就職してから長い間、岩波新書はすべて購入していた。人間は、あらゆることに関する知識を持たなければならないのだと思っていたからだ。

 最近は、岩波新書をすべて買うことはなくなったが、それでも毎月1,2冊は買っている。先月は、松沢裕作『自由民権運動』、池内了『科学者と戦争』。後者は未読である。

 最近月一回持っている集まりで、80代の方が「本を読まないと人間はダメになる」と語っていた。その通りだと思う。本を読んで知識をインプットし、思考力を鍛えるのである。

 そういえば、欧米の学者の本を読んでいると、ギリシャローマの時代からの知識を背景にして論じてることに驚くことがある。きちんと古典を読んでいるのである。古典を踏まえて、新しい説を提示する。

 私も高校時代から古典といわれる書(岩波文庫で出版されている)に親しんできたが、それでもいまだ読んでいない本もあり、必要に迫られて読むこともある。

 こういう時代だからこそ、もういちど、自分自身の思想を点検し、思考を鍛える必要がある。暑い日が続くが、活字に目を向けよう。

 本が買われないと、出版社がよい本を出さなくなる。それは、日本の知性の崩壊にもつながる。

 
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