多くの子どもと接してきたが、甲状腺がんにかかった子どもは、一人もいなかった。しかし、原発事故後、放射能がばらまかれた福島では、たくさんの子どもが甲状腺がんになり、またその可能性を持つ子どもが多いという診断結果を得ていた。
ところが、福島県やその調査機関は、甲状腺がんの原因が原発事故であるということを認めない。「人としてどーよ」、の世界である。
広島・長崎の原爆投下以降、原爆を投下したアメリカは、放射能被害をできるだけ隠そうとしてきた。原爆があまりにも反人道的な兵器であることを認識している彼らは、少しでも実際の被害を軽くしようとしてきた。
そしてその原爆の原理をそのまま発電に利用し、アメリカは世界中に原発を売り歩いた。
この政策に、アメリカの「属国」である日本は、そのお得意様となり、日本もまた原発の「販売」を行おうとしている。その「販売」もまた、アメリカを経済的に潤す。
ここでも、放射能の被害は、できるだけ隠さなければならない。そうでないと住民の反対が起こるからだ。原発立地地域の住民には、札束で頬を撫でる。撫でられた人々の多くは、それにより黙りを決め込む。もちろんそうした「甘い誘惑」を拒否して闘い続ける人はいるが、それは多くはない。
原発の大きな事故が起こる。放射能は目に見えないから、さらに放射線の影響には個体差があるから、それをいいことに、原発を推進する側は、放射能の被害を極小にしようとする。
政府や電力会社はもちろん、県も、市町村もそうした意図のもとに行動する。
「地方自治」ということばがあるが、最近私は自治体の資料を大量に見る機会を与えられているが、その結果、「地方自治」なんてない、という結論であった。上意下達、政府から県や市町村に命令が来る、市町村はその実施を担当するのだが、県はその督励機関である。市町村の裁量の幅はものすごく狭い。
甲状腺がんの調査をしている医者たちは県から委嘱されてるのだろうが、彼らは「国策」に沿って、つまり放射線によるがんではないとひたすら主張することを求められているのである。その姿は、醜いというしかない。
日本において、都道府県は、国の出先機関であり、市町村は国策の実施機関である。福島県の自治体の動向は、まさにそれを証明している。
さて、統計学的に、福島の甲状腺がんの子どもは原発事故が原因であるとする本が出たという。
http://lite-ra.com/2016/08/post-2489.html