「中右コレクション 幕末浮世絵展」 三鷹市美術ギャラリー

三鷹市美術ギャラリー三鷹市下連雀3-35-1 CORAL5階)
「中右コレクション 幕末浮世絵展 - 北斎・広重・国貞・国芳らの世界 - 」
4/26-6/8



これほど愉しい浮世絵展もそう滅多にありません。国際浮世絵学会の常任理事を務めるという中右瑛氏のコレクションを概観します。三鷹市美術ギャラリーで開催中の「幕末浮世絵展」へ行ってきました。

北斎、英泉、豊国、国貞、国芳、広重、芳年らをはじめとする、約150点余りの浮世絵が所狭しと並びます。タイトルに『幕末』とあるように、その多くは主に江戸時代晩期の作品ですが、いわゆる奇想系が多いのも特徴の一つとして挙げられるかもしれません。妖怪、幽霊はもちろん、風刺絵や戯画、それに文字絵などのマジック絵なども登場しています。なかなか刺激的なラインナップです。



この手の画題を描かせればお手の物と言ったところでしょうか。歌川国芳の「相馬の古内有楽滝夜叉姫と大骸骨」は迫力満点の作品です。滝夜叉姫の操る大髑髏が、まるでカーテンを開けてぬっと首を突き出すかのように登場してきます。そして今回、私の一推しが、この国芳に学んだ芳年による「文治元年平家の一門亡海中落入の図」です。これは壇ノ浦の戦いを題材とした彼の処女作ですが、まさか15歳の少年の手によるとは思えないほどの高い完成度を誇っています。大きくうねる波間には源平の将兵が入り乱れ、海の底には血に染まった武者の屍や、甲羅に悶えの表情を見る平家ガニが象徴的に群れていました。無惨絵の芳年を予兆させる血みどろの世界が早くもここに出現しています。最後の『天才』浮世絵師芳年のデビューを飾るに相応しい作品です。



一般的な社会の題材から、見るも滑稽な画へと仕立ててしまうのも幕末の浮世絵の面白いところです。ナマズの登場する「新吉原大なまず由来」は安政地震に由来しますが、江戸町人たちが地震の張本人のナマズへ仕返する様子が実にコミカルに描かれています。三味線をもってナマズを突く女性の様子や、「ぶちころしてくれるぞ」などというセリフも真に迫っていました。思わずナマズが気の毒になってしまうほどです。



幕末ならではの『異人』が登場してくる点もまた見逃せないところです。ちらし表紙を飾るのはかのペリーの副官を描いた「副官アハタムス像」(無款)ですが、赤い髪の毛やひげなどをはじめとするその誇張された顔面の表現は、いわゆる西洋人に殆ど初めて接した当時の日本人の驚きを見るような気もします。また黒船が巨大な怪物と化した「黒船の図」(無款)も、その得体の知れない巨大船の正体をある意味で暴く格好の一枚です。ちなみに、黒船などの開国に関連した「横浜絵」というジャンルの作品もいくつか展示されています。これは文字通り、横浜開港に関する浮世絵のことですが、黒船へ物資を運ぶ様子や、街を闊歩する外国人の姿などが描かれていました。ちなみにその中でも、外国人を半ば揶揄するような表現が消えることは決してありません。芳年の「イギリス人」に登場する異人の身長は一体何メートルでしょうか。建物の2、3階ほどの高さにはゆうに届きそうです。

その他、美人画、役者絵はもちろん、何と屏風も含めた肉筆画までが展示されています。中でも初公開の広重の「両国の月」の叙情性には心打つものがありました。

土曜日の夜間(終日20時まで開館。)に行きましたが、館内には私を含め二人しかいませんでした。濃密かつ充実した浮世絵群を余裕の環境で見られるのもまた嬉しいところです。

6月8日までの開催です。今更ながらも最大級におすすめします。
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