12月の予定と11月の記録

12月の予定

 展覧会
  「ミラノ展」 千葉市美術館(12/4まで)
  「キアロスクーロ展」 国立西洋美術館(12/11まで)
  「ドイツ写真の現在/アウグスト・ザンダー展」 東京国立近代美術館(12/18まで)
  「アート&テクノロジーの過去と未来」展 ICC(12/25まで)
  「シュテファン・バルケンホール展」 東京オペラシティアートギャラリー(12/25まで)
  「吉村順三建築展」 東京芸術大学美術館(12/25まで)
  「スコットランド国立美術館展」 Bunkamuraザ・ミュージアム(12/25まで)
  「美の伝統 三井家伝世の名宝 後期展示」 三井記念美術館(12/25まで)
  「杉本博司展」 森美術館(1/9まで)

 コンサート
  「新国立劇場2005/2006シーズン」 オッフェンバック「ホフマン物語」/新国立劇場 3日 15:00~

 11月の記録

 展覧会
  3日 「北斎展」 東京国立博物館
  3日 「プーシキン美術館展」 東京都美術館
  12日 「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」 森アーツセンターギャラリー
  13日 「BankART Life 24時間のホスピタリティー」 BankART 1929
  19日 「ベトナム近代絵画展」 東京ステーションギャラリー
  19日 「松園と美しき女性たち」 山種美術館
  19日 「エトルリアの世界展」 イタリア文化会館
  19日 「喜多村徹雄×宮崎勇次郎」 トーキョーワンダーサイト 
  26日 「横浜トリエンナーレ2005」 横浜市山下ふ頭3号、4号上屋
  26日 「李禹煥展 余白の芸術」 横浜美術館
  27日 「山口晃展」 三越日本橋本店ギャラリー

 ギャラリー
  12日 「野地美樹子展」 いつき美術画廊
  12日 「さわひらき展」 オオタファインアーツ
  19日 「対話するまなざし」 JR上野駅Breakステーションギャラリー

 コンサート
  12日 「東京交響楽団第530回定期演奏会」 ブルックナー「交響曲第8番」/スダーン
  14日 「東京都交響楽団第616回定期演奏会」 ショスタコーヴィチ「交響曲第1番」他/デプリースト
  23日 「バイエルン放送交響楽団横浜公演」 ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」他/ヤンソンス

12月の予定です。今月で一番楽しみなのは、会期末も迫りつつある「杉本博司展」でしょうか。また、コンサートはもう少し行きたいのですが、今のところ上手く予定が立てられません。よって、つい先日聴いて来たばかりの「ホフマン物語」のみを挙げてみました。もちろん、ギャラリーも「芸力」を頼りに、幾つか見て回る予定です。

11月はともかく北斎展でしょう。今日がその終了日ではありますが、今後、あれだけ作品の揃った北斎の展覧会など望めないかもしれません。まずは、東京国立博物館に感謝です。その他には、私がしつこく追っかけている李禹煥の展覧会を再び見たことと、オオタファインアーツでの「さらひらき展」が印象に残りました。期待していたトリエンナーレも、空いていたせいもあってか、ゆっくりとアートを楽しむことができました。

早くも師走です。コンサートは第九に染まり、展覧会も大詰めを迎えるものが目立ちます。そろそろ今年を振り返りながら、拙いながらも「ベスト10」をリストアップしていきたいところです。
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明日、4日(日曜)の「新日曜美術館」は、李禹煥!

先日、コメントにてGAKUさんが情報を提供して下さったのですが、次回、4日のNHK教育「新日曜美術館」は、李禹煥の特集です。タイトルは「出会いの芸術をめざして~李禹煥 半世紀の挑戦」。横浜美術館の展覧会に合わせた放送企画のようです。

NHK教育「新日曜美術館」
「出会いの芸術をめざして~李禹煥 半世紀の挑戦」
12/4(日曜日) 9:00~10:00(再放送、同日20:00~21:00)

 大きな石ころと厚い鉄板が置かれただけの彫刻作品、キャンバスに描かれたわずかな筆跡以外は余白という絵画。
 鎌倉、パリ、ソウルにアトリエを持ち、日本とヨーロッパを舞台に国際的な活躍を続けるアーティスト、李禹煥(リー・ウファン)(1936年 韓国慶尚南道生まれ)。1956年(昭和31年)来日後、ほぼ半世紀にわたって日本に住み、1960年代末「もの派」と呼ばれた前衛芸術運動の中心的存在として日本の現代美術に大きな影響を与えた。
 今年の9月から、90年代以降の作品を中心にした大規模な個展が横浜美術館で行われている。番組では日韓友情年の今年、李禹煥の半世紀に近い日本での創作の軌跡を制作風景、作品とともにたどり、彼の現代美術への果敢な挑戦を描く。
(NHKサイトより転載。)

と言うわけで、ご興味のある方、タイマー録画をお忘れなく!
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「李禹煥展 余白の芸術」 横浜美術館 11/26(二回目)

横浜美術館(横浜市西区みなとみらい)
「李禹煥展 余白の芸術」
9/17~12/23

横浜美術館で開催中の李禹煥展です。先日、トリエンナーレに出向いた際に、もう一度見てきました。

前回見た時の感想には、会場について云々と、特に狭さを感じたことについてあれこれと書きましたが、今回、再度展覧会の場へ足を踏み入れてもその印象が変わることはありませんでした。作品から広がってくる『場』の静謐な気配を最も良く味わえるのは、やはり美術館の中でも一番高い天井を持つ展示室に並ぶ「照応」シリーズです。キャンバス中へ丹念に置かれ、また軽やかにも映る点は、刷毛によって何度も塗られたことが分かるほど厚みがありました。刷毛一本一本の細い線が集合して一つの点となり、さらにはその線同士の隙間から、キャンバスの白地が透き通るように浮き上がってもいます。刷毛の痕跡は、李の一つの筆跡として、上から下、または右から左へと流れ、点そのものに独得な揺らぎを与えるのと同時に、作品全体に震えをもたらしていました。この一見、キャンバスに点が一二個しかないというシンプルな画面ながら、全体にどこか動きを感じるのは、細やかな刷毛のタッチのなせる業なのかもしれません。

いわゆる絵画作品の「風と共に」と「照応」では、濃く描かれた点よりも、薄い味わいのそれの方が、より美しく、穏やかに見えます。また薄い点は、キャンバスの白へと染み込むように調和して、さらにその外側へと連なっていくようにも感じられました。つまりは点からキャンバス、さらにはその外側の場へ、さながら空気の流れのように、絶え間なくつながっているというわけなのです。さらには、その点の向きによって、つながりの方向が示唆されているようにも思えます。点がキャンバス内を回転しているように見えたり、またキャンバスの余白を巻き込みながらひたすら外へ向かおうとするのも、点に確固とした存在感があって、そこが核になっているからなのではないでしょうか。

会場の一番最後にある、壁に直接点の配されたいわゆるウォール・ペインティングの「照応」は、前回見た時よりも不思議と落ち着いて見えました。また点は、キャンバスの上で見せたような軽くフワッとした質感ではなく、まるで壁にしがみつくかのように強固にこびりついています。(刷毛の細かい線の筆跡自体が殆ど潰れているようです。)この作品は、前回の感想に「泰然とある。」と書きましたが、その由来はこの点の見せる重量感にあるのかもしれません。つまり、どっしりとした壁の重みと対応するかのような点の重みが感じられるわけなのです。もちろんこの作品からも、点から壁、さらには美術館全体へとつながっていくような無限の広がりを感じますが、それよりもどこか鈍く、まるで壁に引き止められているかのように、この場にやるせなく残っているようにも見えてきます。壁を直接、『場』へ引き込むという、ある意味で贅沢な手法による作品ですが、非常に難しい要素を持った、つまりは引き離すものと引き離されるものせめぎ合い(前回の感想では、もがくと書きました。)の『場』になっているようにも感じました。

12月23日までの開催です。見る度に多様に表情を変えるのも李の作品の良さなので、出来ればもう一度出向いてみようかと思います。

*李禹煥展、一回目の感想はこちら

*「李禹煥展 余白の芸術」関連記事
 ・李禹煥と菅木志雄の対談「もの派とその時代」(11/13)
 ・李禹煥本人によるレクチャー「現代美術をどう見るか」(9/23)
 ・横浜美術館学芸員柏木氏によるレクチャー「90分でちょっとのぞいてみる李禹煥の世界」その1その2(8/28)
 ・美術館前庭の「関係項」(写真)
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「もの派とその時代」 「李禹煥 余白の芸術」展レクチャー 横浜美術館 11/13

横浜美術館レクチャーホール(横浜市西区みなとみらい)
アーティストが語る2(対談) 「もの派とその時代」
11/13 15:00~
講師 李禹煥氏 菅木志雄氏
司会 松井みどり氏

少し前に開催されたイベントですが、横浜美術館の「李禹煥」展のレクチャー、「アーティストが語る」の第二弾です。今回のテーマは「もの派とその時代」。李禹煥本人と美術家の菅木志雄、それに美術評論家の松井みどりを交じえての対談です。やや漠然とした内容でありましたが、それぞれがそれぞれにもの派の時代を回顧し、そこからもの派の意義を探っていきます。以下、いつものようにレクチャーの内容を簡単にまとめました。


もの派の起源とは(松井みどり)

・もの派の時代(=1960年代から70年代)
 ヒューマニズム(人間中心主義)・近代西洋芸術・オブジェ思想への批判

・1971年 李禹煥著「出会いを求めて」から
 ・「近代とは、目が認識の奴隷となり、表象作用によって操作された『対象』の輪郭に拘れるようになっている、『作品世界』を指す。
  →人間が対象を観念的に征服している。そのアリバイとして芸術がある。
 ・「今や見る、『と同時に』見られ、見られる『と同時に』観るというあるがままに出会う仕方として、『現実』が鮮やかな『現実』を開く場所であるように、すべてが自ら生きた光景であるように、観ることを持続し普遍化させる出来事をもよおすことが仕事であり営みとなるべきであろう。」
  →人間の意思のままにならない世界と出会うこと。
   今ここにある現実(=「現実」)から、さらにより感じられる現実へ(=「鮮やかな現実」)
 ・「そのとき出来事において形作られた構造(関係項)は、立ち会う者をして、いよいよ場所の状態性あらわな、直接なる世界のありように出会わせる『即』の境地を開くのだ。そこで顕在化される関係の相は、だからなにものの像でもない、まさしく世界自身のおおいなる場所の身体であるということができる。」
  →「出来事」と「場所」
  先入観のない人として入っていった時に、必然的に感じられる構造
  ↓
  作品としてのオブジェを作るのではなく、「出来事」の「場」を生み出すこと。それが「もの派」の衝動である。


もの派の誕生(李禹煥)

・「もの」という言葉の多義性=ややこしい
 物体・物質・ことetc→「もの派」と自らが名乗ったことはない。
  ↓
 砂と土を組み合わせて、「作ったように見えた作品のようなもの」
 作品の否定、または、ものを「利用」した上での芸術の否定。
  ↓
 そういった運動を指して、いつの間にか定着させられた言葉=それが「もの派」

・60年代の激動の時代
 ヒッピー(米)、五月革命(仏)、全共闘(日)
 →既存の制度への破壊的懐疑と否定。=自由になりたい。
  ↓
 その流れが「演劇」・「文学」・「美術」などへ伝播=美術としては「もの派」へ。
  ↓
 「もの派」は突然出現した運動ではなく、それまでにあった様々な運動の潮流が、半ば一つの海になる形で集まった。
  =自然にグループ化した「もの派」
   特定のイデオロギーの元に参集したのではない。


もの派の時代(菅木志雄)

・60年代後半=「解体の時代」
 「もの」以前に秩序だった美術世界
 枠組み・制度の中での彫刻や絵画
 ↓
 それを否定すること=「もの派」の原動力

・「あるがままのもの」
 机を机として見ない時に生まれる「もの」とは何か?
 =机の有用性と意味を剥ぎ取った時に生まれるそのもの
 例)ロバート・モリス
    フェルトをカッターで切り、その不定形の形を作品化させる。
     →ただの物質を明示しただけ。=「もの」のみを認識させる。
 ↓
 ものの「価値」や「意味」を解体する=作品の以前に「もの」でしかない存在
  (タイトルも仮象でしかなく、本質ではない。)
 美術の材料にならないような工業作品などを作品にすること。(=ゴミの作品etc)→美意識すら破壊
  →名前も付けられないような非・美術に、価値を与える試みの実践=「解体の時代の美術」


ものの解体的な見方(李禹煥)

・関根伸夫「ほこりを払う」
 →ものから名前を外す=「あるがまま」
   従来の制度化された作品を、あえてそうでないものに見てみることの意味
   ↓
   それを美術の視点によって考えてみること
  例)川端康成のハワイでの体験
    「初めてコップに出会った。」=偶然並んでいたコップに、光が差し込んだ様を見て。
     →非日常的なものの見方=ものを「鮮やかに」見ることの意味。


「そのもの」と「もの自体」(菅木志雄)

・「もの」を対象化させない(=人間がものを捕まえないこと。)
 「もの」としか言い様のない「もの」
  ↓
 その「もの」であって、それ以外のなにものでない「もの」=「もの自体」=「あるがまま」のもの
 →美術で「もの自体」を表現してみる試み=「もの派」
   存在を明らかにすることの有用性。
 →ものの多義性の明らかになる。(もの自体は、一面、一つの認識だけでは成立しない。)


もの派の成り行き(李禹煥)

・視覚トリックから「ものの内側」へ
 関根伸夫の「位相-大地」
  目のトリックを用いた仕事から、トリックを超えたものの面白さを追求する。
 高松次郎=もの派に影響を与えた中心的人物
  遠近法を立体化した作品の制作。
  ↓
 トリッキーなものから、ものの素材や物質感へ関心がうつる。
 「もの自体」は良く分からないという前提に立ちながら、「もの」を追求。
   →もの派も多様に分裂。概念芸術的な方向へ進む者もいた。

・「ものの内側」とは
 「ものの内側」(=形の内部の質)を探る作品
  例)高松次郎
   「杉の単体」(1969-70)-木を削って内側を見る作品。
   「コンクリートの単体」(1971)-コンクリートの内側を見せる。
  →「ものを生かすことは、ものの内側を見せることなのかもしれない。」という問い。
    =作品が外部を持たないこと、または、内側へと閉じることへの批判。
     ↓
    批判と同時に、外部を内側に引き込むことの重要性が認識される。
  →内側を外して、外と一体となった「もの」見せること。外部性の重要さ。

・ものの内と外
 見えないものを見せる=ものの内を外へと拡大
  →内から外へ向かった動きは、さらにその外へと進む。
 外は内を包んでいるわけではない。外は内に向かわず、その外へとつながる。
 ↓
 「ものは一つの場である。」=ものの内と外を融合した場
 外へ向かうことの追求は、もの派の動向における面白い点の一つ。
 ↓
 オブジェとしての作品、内としての作品を破壊させる。
  →オブジェから、出来事、場(=外へと向かった)を与える作品へ。
 ↓
 「もの」でありながら、「もの」を感じる人間の自由な視点も盛り込む。
  =人の感性に示唆を与える「場」としての作品。


もの派における「出来事」と「仕草」(李禹煥、菅木志雄)

・ものに「仕草」と「出来事」を与える
 仕草:何をしているかわからないような行為
 出来事:その仕草によって生まれた場、事。
 →造形的な組み立てすら捨てて、名付けようもないレベルにまで、ものを解体する。

・「仕草」について-千利休の事例から
 千利休が、ある朝、庭にびっしりと落ちていた葉を掃き、さらに掃いた葉の中から、一、二枚適当に落としてみた。
 →この千利休がしたことが、まさに「仕草」である。
  =何か自然の現象に、新たなる作為を少しだけ加えること。
 ↓   
 この「仕草」をアーティストが実践出来ないか。
  様々な自然の素材に、自らの意思を持って手を加えること。=身体性を重視。
   例)鉄板と石(関係項)
 ↓
 「仕草」の結果、何か見えてくるものを求める。
  =他(自然など)との関わりの中で、一つ生まれてくる行為性。
 ↓
 「仕草」は唯一性を持つ。
  =「仕草」によって生じた結果は、決して同じものが生まれない。
    →それぞれに絶対的な差異が生じる。

・間石と「仕草」
 寺にある「間石」=これ以上入ってはならない意味を持って置かれた石。
  ↓
 もちろん、物理的な障壁としての石ではなく、容易にその境界を超えることが出来る。
  →しかしながら、間石を見た者は、自信の意思を抑制して、境界を超えようとしない。
   =自らの意思に基づく行動の抑制、その単純化された意味。=「仕草」
  
以上です。1960年代のもの派の原初と、それ以降の複雑な流れ、さらには「もの派」という名は、あくまでも便宜的に事後的に付けられたことなどが語られ、その後、もの派の重要なキーワードでもある「出来事」と「仕草」へ話がうつりました。時間的な問題もあったのか、少々消化不良気味のレクチャーとなりましたが、もの派の「もの」の意味、仕草という名の「制作」(のようなもの)、「作品」を外に開くための「場」など、様々な視点から、もの派の意義が語られたのではないかと思います。

その後の質疑応答では、主に今回の展覧会について、李禹煥に対しての質問が二つ三つほど出ました。あくまでも身体にこだわり、さらには美術という枠(キャンバスや色など。)に留まった上、新たなる「場」を生み出そうとしたこの展覧会の意図や、会場のカーペットの上では作品の存在感がなくなるため、全ての床をコンクリート剥き出しにさせたこと(カーペットはもう使えないのだそうです…。)などが語られます。また、単純に「もの」と言っても、やはりその「もの」には、自らの意思が入っている、つまり鉄板や石は、どれでも良いわけではないことも述べられました。近代美術としてのオブジェ的な作品、その意味を解体するための「もの」には、やはり何らかの意思がこめられている。もし「もの」と「意思」が矛盾であるとするならば、おそらくそれは、「仕草」という語の意味によって解決されるのかもしれません。

横浜美術館の「余白の芸術 李禹煥展」に関するレクチャーは今回で終了です。これまでのレクチャー関連の記事は以下の通りです。
アーティトが語る1 「現代美術をどう見るか」 李禹煥
・「90分でちょっとのぞいてみる李禹煥の世界」 柏木智雄(横浜美術館主任学芸員) その1その2
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