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20組のアーティストによる150点の作品が展示されたこの美術展は、2020年2月の滋賀県での開催から始まって全国7地域を2年間巡回して再び滋賀県に帰ってきたといいます。
3会場のうち、まずはNO-MA美術館での展示を見て、次に第三会場である「まちや倶楽部」へとやってきました。
「まちや倶楽部」の会場は、江戸期創業の広大な酒蔵跡を改修した建物の中にあり、入口から鰻の寝床の続くスペースには服屋やアクセサリーやカフェ・小物店などお洒落なお店が集まっています。
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お店が並ぶ通路を奥に進むと1万L以上ある巨大な2つのタンクが残っており、2008年頃まで酒造りをしていたという西勝酒造のかつての姿が垣間見える。
タンクを越えて更に進んで行くと、会場の受付があり、そこから先が展示会場になっています。
イヤフォンセットを渡されて会場に入ると思わず“おぉ~”と声を上げてしまうようなヨシに包まれた幻想的で且つ、西の湖の湖畔にいるような自然に包まれたような錯覚に陥る世界が広がる。
ヨシが織りなす空間の中には、「芝田貴子さん」の絵と芝田の絵に着想を得て作ったという《私の一日》というオーディオドラマがイヤフォンから流れてくる。
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オーディオドラマは4カ所ある音符のマークに受信機を当てるとドラマが始まり、各4分のドラマを聞きながら計16分のドラマをヨシの上を歩きながら聞きます。
ドラマは芝田さんが「お母さん」と呼ぶ人物像を巡る不条理なドラマとなっており、4カ所目から始まるドラマの結末には思わず吹き出して笑ってしまいました。
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天井からヨシが吊るされていて、ドラマといいこのヨシの穂といい、ここは逆しまの世界。
上に下にもヨシがありますから、青臭さが乾いたような懐かしい匂いがする。稲刈り後の田圃にも似た匂い。
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ヨシの空間の中に芝田さんの「お母さん」の絵はあり、絵のお母さんと同じ形をした木の模型がある。
またドラマに関係するもの(クレヨンや電子レンジ)なども置かれていて、心地よいインスタレーションの空間にひたってしまいました。
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《お母さん》 芝田貴子
オーディオドラマの結末で緩んだ顔のまま奥の展示会場に向かいながら振り返って作品を見直す。
昨年の11月に開催された『79億の他人――この星に住む、すべての「わたし」へ』展でもこの部屋での開催に驚きましたが、今回の展示にも圧倒されてしまった。
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まちや倶楽部」の会場では展示のため間仕切りが設置されていて、内部が迷路のようになっていますが、面白いのは迷路状の通路に立てられた高速道路の看板を模した鈴村恵太さんの作品。
《迷甲乙の恋》と名付けられた作品は、暗幕に覆われた間仕切りの奥にあり、出口なしの行き止まりなのも気が利いています。
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《迷甲乙の恋》2021年 鈴村恵太
今村花子さんは、夕食で配膳された食べ物やお菓子を畳やテーブルに配置する行為を約30 年にわたって続けていたという。
今村さんの母親はその配置行為を写真で毎日記録して関わり続けたという。
後方の絵は、地元の絵画教室で制作した絵だといい、見る者によって自由に高さを変えられる仕掛けのあるキャンパス台に置かれている。
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《無題》 今村花子
西勝酒造跡の最後に紹介する作品は、杉浦篤さんの《Untitled》という杉浦さんが長い年月をかけて触ってきた写真。
写真はパーソナルなもので、触り続けてきたことで劣化しているが、お気に入りの写真を指で撫でることは習慣的な行為の一つだといいます。
最後の2人の作品は、記録と記憶を永遠のものとするような想いを感じます。
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《Untitled》 杉浦篤
最後に訪れた「酒游舘」は西勝酒造の明治蔵を改造した多目的ホールとなっており、幾つかある和風の部屋屋に作品が展示されています。
享保二年(1717年)創業というこの蔵元には11棟もの広大な建物があったといいますから、大きな造り酒屋だったようです。
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和室の壁に掛けられていたノナカミホさんの絵は、ボールペンの緻密な線で描かれたモノクロームの世界ですが、その絵の完成度には驚きます。
混沌の中にあるように感じる絵ですが、絵の中には開かれた目があり、こちらを見つめている。
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《無題》 ノナカミホ
点描を用いて描かれている中山正仁さんは26歳の頃、入院していた病院で看護師さんに描き方を教えてもらい絵を描くようになったという。
絵は美人画や、かつて見た風景や花、動物など、様々なモチーフの絵を描かれているといい、ふと目にした一瞬の風景が記憶に残り、描かれているのだという。
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《石》 中山 正仁
紙面いっぱいに文字が書かれて埋め尽くされているのが森川里緒奈さんの《日々の出来事》という作品。
森川はだれかと話しをすることが好きで、会話で交わされた言葉が文字になって現れてくるといいます。
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《日々の出来事》 森川里緒奈
書かれた文字は意味がありそうでないような言葉になっていますが、森川さんにはしっかりした意味を持った言葉なのだと思います。
文字が青色なのについては、スタッフは「外出時に乗る電車の青いラインから来ているのではないか」と話しているという。
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旧増田邸で展示されていた作品には、“記憶をたどること”、“記録すること”が作品を生み出すことの下地になっているような印象を受けました。
小林靖宏さんが1997年から2003年にかけて札幌の大通公園を描いた作品では、年々記憶が失われていくかのように建物が消えていきます。
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左上の大通公園は全景が描かれていますが、年が進むに従ってどんどん建物が消えていき、街並みが消えていく。
下は1997年の大通公園と、2003年の大通公園ですが、7年ほどの間に街並みは消えていくのは、あたかも記憶が失われていくかの如く。
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《1997》 小林靖宏
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《2003》 小林靖宏
「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」には何度も足を運んでいますが、訪れる度に満足して帰ることが出来ます。
アールブリュット=障がい者アートではなく、ボーダレスにアーティストを紹介したり発掘したりして、見る方には刺戟になります。
もうすぐ次の展覧会のメールマガジンが届く頃かもしれません。楽しみです。