ジャック・ロンドン著、柴田元幸訳『犬物語』(2017年10月28日スイッチ・パブリッシング発行)を読んだ。
宣伝文句は以下。
生か死か、勝つか負けるか、犬か人か――。
第1弾『火を熾す』から9年、満を持して贈る『犬物語』は極北の大地を舞台に犬を主人公にした物語集。 代表作「野生の呼び声」を含め、柴田元幸が精選・翻訳した珠玉の5篇。
この本に登場する犬は、身も心も狼に近く、人間と対等なパートナーであって、ペットとはかけ離れた犬である。
1900年代初頭では、まだ、極寒の極北の地を犬がそりをひいて郵便物を運んでいた。
「ブラウン・ウルフ」Brown Wolf
ウォルト・アーヴィンとマッジ夫妻が偶然見つけたのは、体格、毛皮、尾は巨大なシシリンオオカミと思われるが、茶色の模様はまぎれもない犬だった。夫妻はウルフと名付けてなつかせようとするが、何度も遠く北へ脱走し、付けた名札で家へ届けられた。それでもやがて、二人に親しみを見せるようになった。
そんなある日、その犬を仔犬から極めて優秀な犬ぞりのリーダーに育てたと主張するクロンダイクから来た男が現れた。両者が犬を我々のものだと主張して譲らない。男は犬に飼い主を選択させようと提案する。取り決めでは、男は無言でウルフの前から立ち去り、夫妻は身動きしないと決める。ウルフは平和で安逸な生活か、過酷な北極の大地か選択に苦悩し、両者の間をウロウロする。そして、彼が選んだのは・・・。
「バタール」Batard
バタールの父親はシシリンオオカミで、母親はずる賢いハスキー犬だった。仔犬のときから邪悪なブラック・ルクレールに叩かれ、殴られ、粗野で残忍に育てられた。成長したバタールは他の犬から魚を奪い、隠してある食べ物を盗み出し、橇犬仲間全員をねじ伏せ「地獄の申し子」と呼ばれた。バタールはいつかルクレールを殺してやろうとチャンスを伺っていたが、いつも失敗反撃され雪の上で意識を失う結果となっていた。ルクレールもバタールを売ろうとはせず、今度こそお前を降参させるといきまいていた。やがて、両者とも瀕死の重傷を負うことになって、・・・。
「あのスポット」That Spot
「俺」と信頼する相棒のスティーヴン・マッカイは、1897年のゴールドラッシュ時にクロンダイク川を目指した。途中、立派な見かけの犬、スポットを手に入れた。しかし、スポットは大食いでまったく働こうとしない犬だった。しかし、売り払っても捨てても必ず俺たちのもとに戻ってきてしまった。殺そうとしたが、二人とも失敗し、スポットのおかげで身も心もボロボロになった。やがてスティーブンとスポットを残してこっそり俺は姿を消して、オークランドですっかり元の体調を取り戻した。しかし、ある日、我が家の門柱に・・・。俺はスティーブンがこんなに卑劣な男だとは思わなかった。
「野生の呼び声」The call of Wild
セントバーナードの父とスコッチシェパードの母を持つバックは、陽ざしあふれる判事の家で満ち足りた暮らしをしていた。厳寒のクロンダイクで金鉱が発見され、犬ぞり犬にふさわしいと思われたバックは金に困った使用人にこっそり売り飛ばされ北の地に運ばれた。誇り高いバックは棍棒を持つ男に何度も飛びかかったが叩き伏せられ、棍棒を持った人間は掟を定める者と思い知った。しかし、必ずしも追従する必要はないとも学んだ。
犬ぞりを引く立場に身を落とすが、郵便配達人、仲間の犬たちなどから多くを学び、リーダー犬としてたくましく成長していく。一方で執拗にリーダーの地位を狙うスピッツとの闘いが続く。厳しい自然の中で、経験によって学んだのみならず、長く眠っていた本能、野生の血が目覚めもして、・・・。
「火を熾す(1902年版)」To Build a Fire
極寒の中、水につかってしまった男が、凍傷を防ぐため、火を熾そうと苦労する。しかし、頭上の木から落ちた雪でやっと熾した火が消えてしまい死に直面する。
「火を熾す{1908年版}」には犬が出てくるが、この「火を熾す{1902年版}」では犬が出てこないし、トム・ヴィンセントと男の名前が明示されている。(でも、この『犬物語』に入れてある)
初出、「ブラウン・ウルフ」:すばる2015年4月号、「野生の呼び声」:MONKEY 2014年第四号、「バタール」・「あのスポット」:訳し下し、「火を熾す{1902年版}」:Coyote2009年第34号
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
想像を絶する厳しい自然の中で、なんとか生き延びようとし、闘う犬たち、そして人間。
極限の状況が、簡潔で、客観的に、美しくさえ感じられるほど描写される。敗色濃厚の中で、なんとか活路を見出そうと最後の戦いを挑む絶望的生命力が鋭く光る。心地よい床暖房に寝ころびながら、思わず応援している自分に気が付く。
ジャック・ロンドン Jack London
1876年サンフランシスコの貧しい家に生まれる。1889年小学校卒業。工員、漁船の乗組員などを経験。
1897年カナダ北西部クロンダイクでの金鉱探しで越冬。
1903年「野性の呼び声」で流行作家に。その他「白い牙」など。
1916年 40歳で病気が悪化し自殺。
各地を放浪する中で、「一日千語」のノルマを課し、20年ほどの作家生活でジャーナリストとして記事を寄稿しながら、長編小説を20冊、200本もの短編小説を残した。
柴田元幸(しばた・もとゆき)
1954年東京都生まれ。米文学者、東京大学名誉教授。
1992年『生半可な學者』で講談社エッセイ賞
2005年『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞
2010年トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞を受賞
文芸誌 MONKEYの責任編集を務める。
訳書
ポール・オースター(『ガラスの街』『幻影の書』『オラクル・ナイト』
ミルハウザー(『ナイフ投げ師』『マーティン・ドレスラーの夢』『エドウィン・マルハウス あるアメリカ作家の生と死』)、
ダイベック(『シカゴ育ち』他)、
レベッカ・ブラウン(『体の贈り物』『家庭の医学』他)
他、「火を熾す」。
著書
『ケンブリッジ・サーカス』『バレンタイン』『翻訳教室』『アメリカン・ナルシス』『それは私です』など。
対談集
高橋源一郎と対談集『小説の読み方、書き方、訳し方』『代表質問』