最近はめったに停電することはないが、昔は何かとよく停電したものだった。
私が小学生の頃だった。ラジオが台風は東京を直撃すると叫んでいる。夕方はやばやと雨戸を閉め切って、家族三人、居間に集まっている。父はラジオに耳を傾け、母はつくろい物に精を出し、私は寝転んで本を読んでいる。まもなく、風がヒューヒューと音をたてて強くなってくる。揺れてぶつかり合う木々の悲鳴が絶え間なく続く。かたまりとなった雨が雨戸を激しく叩き、外れるかと思うばかりガタガタと大きな音をたてている。
天井の蛍光灯がチカっとして、スーと消えた。やはり、停電になった。母が「あら」と言って、何事もなかったかのように手慣れた様子で、ぼんやりとしか見えない薄明りの中、後ろの茶箪笥の引き出しを開ける。取り出した大きなローソクとローソク立てをこたつ板の上に置いて、マッチで火をつける。居間の中心部だけ、ボオーと光が広がり、風でゆらゆらと揺らぐ。天井の光の影がいたずら坊主のように踊っている。
ローソクの光の届く小さな輪の中に、父と母と僕が集まっている。夜が進み、いっそう闇が濃くなっても、揺らめいて消えそうなローソクの光のもとに3人はひっそりと身を寄せ合う。あのとき、何かしゃべっていたのだろうか? 記憶は全くないのだが、3人とも押し黙っていたのではないかと思う。
激しく渦巻く風と雨、騒がしい外の音もなぜか気にならず、互いに気づまりでもなく、なんとなく暖かく感じる。この世には3人しかいないような気がした。これが家族なんだと思った。