10日まで公開されている渓谷沿いの紅葉の遊歩道、聴秋閣と春草庵を見に横浜・本牧の三渓園へ行きました。
今週末が紅葉の見ごろで、明日から雨との予報もあったし、開園100周年を迎え今週は入園料が通常500円のところ100円なのにも誘われました。
正門を入ると大池があり、その向こうに三重塔が見えます。すぐ隣に大規模な製油所が並んでいるとは思えないさわやかな景色です。三重塔は京都燈明寺にあったもので1457年建築の関東では最古のものです。
紀州徳川家初代・頼宣の別荘だった臨春閣では、狩野派の襖絵や数寄屋造りの部屋をまじかで見ることができます。
今回公開されている渓谷沿いの遊歩道を登りました。全山紅葉というわけではありませんが、ところどころにある真紅、朱色、黄色の紅葉を眺めながら登っていくと、京都伏見城にあった月華殿があります。そこから橋を渡って渓谷を降りて行くと聴秋閣が紅葉の間から見えてきます。目を上げると遠くに三重塔が浮かんでいます。
春は花、秋は紅葉の中に、余分なものがそぎ落とされながら鋭さと見せ、静かに建つ日本建築をめでて歩くと、日本に生まれた幸せを実感します。
かなり多くの人が訪れており、このような簡潔な美に鍛えられている日本人の美意識は世界でも飛びぬけたものではないかと思えてきます。それにしても、若い人がほとんど居ないのは寂しいかぎりですが。
京都二条城にあった徳川家光・春日の局ゆかりの聴秋閣は、2階に小さな部屋がある2層の楼閣建築です。
隣に立つ春草廬は、織田信長の弟、有楽斎作の茶室があり、九つの窓がある、華やかな茶室です。新緑と紅葉の時季に、聴秋閣とともに公開されています。
このほか、白川郷の江戸時代の合掌造りや、旧燈明寺本堂など多くの由緒ある建物を見ることができます。
三渓園とは?
生糸貿易により財を成した実業家、原三溪は、東京湾を望む横浜の東南部・本牧に広がる17.5万平米に及ぶ広大な土地を造成し、京都や鎌倉などから建造物を移築(重要文化財10棟)しました。1906年(明治39)に、この自宅の扉のない門柱に「遊覧御随意」の札を掲げ一般に開放したので、今年が100周年になります。現在は財団法人三溪園保勝会が運営しています。
http://www.sankeien.or.jp/index.html
今週末が紅葉の見ごろで、明日から雨との予報もあったし、開園100周年を迎え今週は入園料が通常500円のところ100円なのにも誘われました。
正門を入ると大池があり、その向こうに三重塔が見えます。すぐ隣に大規模な製油所が並んでいるとは思えないさわやかな景色です。三重塔は京都燈明寺にあったもので1457年建築の関東では最古のものです。
紀州徳川家初代・頼宣の別荘だった臨春閣では、狩野派の襖絵や数寄屋造りの部屋をまじかで見ることができます。
今回公開されている渓谷沿いの遊歩道を登りました。全山紅葉というわけではありませんが、ところどころにある真紅、朱色、黄色の紅葉を眺めながら登っていくと、京都伏見城にあった月華殿があります。そこから橋を渡って渓谷を降りて行くと聴秋閣が紅葉の間から見えてきます。目を上げると遠くに三重塔が浮かんでいます。
春は花、秋は紅葉の中に、余分なものがそぎ落とされながら鋭さと見せ、静かに建つ日本建築をめでて歩くと、日本に生まれた幸せを実感します。
かなり多くの人が訪れており、このような簡潔な美に鍛えられている日本人の美意識は世界でも飛びぬけたものではないかと思えてきます。それにしても、若い人がほとんど居ないのは寂しいかぎりですが。
京都二条城にあった徳川家光・春日の局ゆかりの聴秋閣は、2階に小さな部屋がある2層の楼閣建築です。
隣に立つ春草廬は、織田信長の弟、有楽斎作の茶室があり、九つの窓がある、華やかな茶室です。新緑と紅葉の時季に、聴秋閣とともに公開されています。
このほか、白川郷の江戸時代の合掌造りや、旧燈明寺本堂など多くの由緒ある建物を見ることができます。
三渓園とは?
生糸貿易により財を成した実業家、原三溪は、東京湾を望む横浜の東南部・本牧に広がる17.5万平米に及ぶ広大な土地を造成し、京都や鎌倉などから建造物を移築(重要文化財10棟)しました。1906年(明治39)に、この自宅の扉のない門柱に「遊覧御随意」の札を掲げ一般に開放したので、今年が100周年になります。現在は財団法人三溪園保勝会が運営しています。
http://www.sankeien.or.jp/index.html