hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

箒木蓬生「千日紅の恋人」を読む

2009年03月06日 | 読書2

箒木蓬生(ははきぎ・ほうせい)の「風花病棟」を読んで、もう少し同じ著者の本をと、図書館で探した。「エンブリオ」などは面白そうだが、最近根気がつづかない私には483ページはあまりにも厚い。333ページで、何か楽しそうな題名の「千日紅の恋人」を借りた。2005年新潮社の発行だ。

主人公の時子は、初婚は死別、再婚は相手がマザコンで離婚。介護の仕事のかたわら、父が遺した古いアパートに愛着を持っていて、家賃集金、トラブル処理に身を粉にする。問題ある住人もなんとか住み続けられるように、気丈に、やさしく努力する。38歳で、老いた母を助けて暮らす時子は、このままずっと一人なのかと思うが、・・・。

千日紅(せんにちこう)は、別名「千日草」で、夏から秋まで長い間色があせない花だ。花言葉は、「終わりのない友情」。良く見るのは「百日草」で、「百日紅」はサルスベリ。

箒木蓬生は、1947年福岡県小郡市生まれ。東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。退職後九州大学医学部に学び、現在、精神科医。1979年「白い夏の墓標」を発表し直木賞候補。「三たびの海峡」で吉川英治文学新人賞、「閉鎖病棟」で山本周五郎賞、「逃亡」で柴田錬三郎賞。
「箒木」はほうきを逆さまにしたようなホウキグサの別称で、「源氏物語」の巻名。名前の蓬生も同じく巻名で「よもぎう」と読む。



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

なにしろアパートの管理人の話だから、地味で、ダイナミックな話はない。前半は、特徴あるとはいえ14戸の各住人の紹介が続くので少々退屈だ。一人だけ、精神を病んでいる女性が出てくるが、現役精神科医がなんでこんな話を書くのかと思った。

しかし、面倒見良く、気丈にトラブル処理し、心根のやさしい時子は、派手さはないが魅力的だ。後半で登場する真面目一方のお相手とのおずおずとした交際も、あからさまな話が多い現在では、逆に新鮮だ。



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林真理子「不機嫌な果実」を読む

2009年03月05日 | 読書2

林真理子著「不機嫌な果実」1996年10月文藝春秋社発行を読んだ。

図書館で、箒木蓬生(ははきぎ・ほうせい)の本を探していたら、同じ「は」のところに、林真理子の「不機嫌な果実」が並んでいて、題名の字面を見たような気がしたのだが、思わず借りてしまった。帰宅して調べてみたら、やはり2002年8月に読んでいて、「何時も自分だけが損していると思う奥さんの不倫の話」とのメモがあり、評価は「×」だった。
それでも、さすが林真理子さんの本、また一気に面白く読めてしまった。私が年取ったせいなのか、それとも読んだ後に何も残らない本なのか。

初出は「週刊文春」の1995年11月から1996年6月。単行本化され、醒めた視点で描いた「不倫」が話題となり、TVドラマ化、映画化された。



32歳の麻也子は、とくに大きな問題もない夫に満足できず、「自分はいつも損をしている」と思っていた。そして、10年ぶりに昔の恋人野村と不倫をする。それでも、まだ不満を持つ麻也子は、歳下の情熱的な音楽評論家との恋愛に溺れていく。

林真理子の略歴と既読本リスト





私の評価としては、★★☆☆☆(二つ星:読めば)

もはや「計算高い不倫」「ふたまた不倫」には新しさも感じられず、かっての衝撃はない。ただ、現在でも、「他人に比べ自分は損をしている」と不満を抱えている女性は多いのではないだろうか。また、男女の駆け引きや、不倫帰りに夫に甘えてみせるなどの細部には林さんの腕が光る。

林真理子さんは、美人だが、わがままで計算高く、いつも不満を募らせる主人公を冷たく、馬鹿にしながら書いている。林真理子さんの美人への偏見を楽しみながら読む楽しみもある



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箒木蓬生「風花病棟」を読む

2009年03月03日 | 読書2
箒木蓬生(ははきぎ・ほうせい)著「風花病棟」2009年1月、新潮社発行を読んだ。

1999年から2008年まで、小説新潮に毎年1作品ずつで発表された10の短編をまとめた短編集。

箒木さんは現役の医師で、いずれも医師の立場から見た患者の話なのだが、医師も患者との係わりの中で悩み成長していく姿が描かれている。死が現実のものとなったときに希望を失わず凛として生きる患者に新米医師は逆に教えられる。

メディシン・マン:言っていることが真実であることを証明するために医者が薬物注射する
藤籠:窓から見える見事な山藤。そして子供に絵本を残したいというがん患者へ告知するか悩む医師
雨に濡れて:なんとか患者の気持ちを汲み取れる医師になろうとしていた泣き虫女性研修医が乳癌になる
百日紅:村人たちに慕われた田舎の開業医と後を継がず東京で暮らす息子の眼科医
チチジマ:米国の学会で発表する元軍医が米兵と奇跡的な再会
顔:顔面を全て病気で失ったが凛としている妻と、献身的看護をする夫
かがやく:アルコール病棟に22年長期入院している男と主治医がチューリップを植える
ショットグラス:いつも公園にいるアヒルおばさんや、金がなく手術できない女性と女医の交流
震える月:軍医だった真面目一方の大学医学部教授と反発しながら同じ分野で大学教授となる息子。そして、父が助けたベトコンの息子も医師に。
終診:30年間守り続けた診療所を引退する70歳になった町医者の思い

箒木蓬生は、1947年福岡県小郡市生まれ。東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。退職後九州大学医学部に学び、現在、精神科医。1979年「白い夏の墓標」を発表し直木賞候補。「三たびの海峡」で吉川英治文学新人賞、「閉鎖病棟」で山本周五郎賞、「逃亡」で柴田錬三郎賞。「箒木、ははきぎ」はホウキグサの別称で、「源氏物語」の巻名。名前の蓬生も同じく巻名で「よもぎう」と読む。

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

いずれも生と死というドラマチックな話なのだが、派手さのない静かな語りで、良心的医者の揺れる心を描いている。新米医師の話が多いが、医師の迷い、悩みがはっきりと書かれている。担当医がこんな人間的悩みを直接見せたら、患者は困ってしまうだろう。私は、患者にとっては、一人の人間として捕らえられる医師より、専門家として尊敬できる医師が理想と思うのだが。実際の医者は最近でもまだ無愛想で強権的な人がいて、医師と患者の関係はバランスが難しい。
訴訟問題、医療崩壊がある近年の情勢では、医師と患者が良好な人間関係を築くことはますます難しくなっている。
いずれにしても、この本の読後感はすがすがしく、一読の値する。

また、作者の父の世代であろうアジア太平洋戦争での軍医の話2つと、田舎の医院を継がなかった息子の医師の話2つがある。私は箒木さんの作品を始めて読んだのだが、著者は、東大仏文を出て、TBS勤務後医学部に入り直していることから、これらの話は個人的体験を反映したものなのではと、邪推した。しかし、調べてみると、ミステリーに属する小説を多く書いている方のようだし、ヨーロッパを舞台とする話も多く、もっと幅広い方のようだ。



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おくりびと

2009年03月01日 | 個人的記録


米国アカデミー賞の外国語映画賞を受賞した「おくりびと」が話題だ。この映画も見ていないし、原作の「納棺夫日記」も読んでいないが、7年前の母の葬式(母(7)死)を思い出した。



かねて覚悟はしていても、いざ死亡となると、なんだかフワフワしていて、葬儀社のいかにもやり手の女性に勧められるまま、葬祭のメニューを決めていった。

「ゆかんはどうなさいますか?」
ゆかん?湯濯って何だっけと思い、「どんなことするのですか?」と聞く。
「お身体をきれいにして、旅立ちの着物に着替えていただきます。皆さん、きれいなお身体にして送り出して欲しいとおっしゃいますよ」などと言う。
10万円は高いと思うし、顔だけだったら、自分たちで化粧してあげればよいのではと思ったが、傍らの奥さんを見ると、「お頼みします」という顔をしている。
年取っても身の回りはきちんとしていた母だし、最後の最後だ、頼むべきかなと思った。

当日は、葬儀社の部屋の中央に母の遺体が安置され、われわれ遺族は少し離れて並んで座る。中年のおじさんと、若い女性の二人組みが入って来て、一礼し、あいさつをする。母の遺体は、水で洗えるようにシート状のものの上にあり、顔だけ出して身体にはカバーがかぶせられる。

おじさんが、「ではこれからお清めさせていただきます。・・・」などと口上を述べて、水で身体を丁寧に洗い清める。カバーを掛けたままで二人で上手にすべてを洗っていく。
終わったなと思ったところで、「皆様もどうぞ」と言われ、渡されたガーゼで顔と手をこわごわ拭く、というより撫ぜる。
さらに、「三途の川を渡るために、右手に何々、左手に何々・・・」などと説明しながら、白い着物を着せ、何かを持たせる。納棺してから、女性が「お顔にお化粧を・・・」などと言って、化粧をする。30分位かけて、ようやく終わる。

いちいちの説明や口上はよく分からなかったが、身体を洗ったり、着物を着せ替えたり、確かにすべての所作は見事に儀式的で、丁重に振る舞い、死者への尊厳が感じられた。
傍らで息子が、「大変な仕事だな」とつぶやく。

最後に母のそばに行って良く見るように言われる。顔はきりりとし、着物もきちっと着付けられている。温かみや柔らかさが感じられないので、あらためて確かに死んでしまったのだなと思う。



このときは、納棺夫などという言葉は知らなかったが、頼んで良かったと思いたいし、思う。


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