夏川草介著『勿忘草の咲く町で 安曇野診療記』(角川文庫な74-1、2022年3月25日KADOKAWA発行)を読んだ。
生きることと死んでいることはどう違う?現役医師が描く高齢者医療のリアル
美琴は松本市郊外の梓川病院に勤めて3年目の看護師。風変わりな研修医・桂と、地域医療ならではの患者との関わりを通じて、悩みながらも進む毎日だ。口から物が食べられなくなったら寿命という常識を変えた「胃瘻」の登場、「できることは全部やってほしい」という患者の家族……老人医療とは何か、生きることと死んでいることの差は何か? 真摯に向き合う姿に涙必至、現役医師が描く高齢者医療のリアル! 解説・佐藤賢一
上高地の入口にある小病院「梓川病院」の内科病棟の看護師・月岡美琴(みこと)が主人公。上司は、指導者の救急部師長・島崎や、理解者・主任看護師の大滝。美琴の長い付き合いの親友で同期の看護師・沢野京子がからむ。
東京の花屋の息子で一年目の研修医・桂正太郎が副主人公で、上司は、三島(副医院長・内科部長、指導医、「小さな巨人」)、谷崎(循環器内科医師、「死神の谷崎」)。
プロローグ 窓辺のサンダーソニア サンダーソニアは形はスズランに似た黄色い花。
第一話 秋海棠の季節
穏やかな48歳、すい臓がんの長坂守は「私は少しでも生きたい。妻と子のためにも」「先生、私に力を貸してください」と言う。
「お母さん、あれ、なんて花?」と聞いた美琴に、母は「あなた、男できたでしょ」と言って、「あなたが花に興味を示したのは、二歳八か月の頃に、タンポポをみて食べていいかってお母さんに聞いて以来のことよ。…」。(花に興味? 食欲?)
第二話 ダリア・ダイアリー
谷崎は家族に「村田さんは82歳という高齢です。このまま看取ってあげた方が、ご本人も楽だと思います」言う。桂は、昇圧剤や酸素を増やせばもう少し生きられると言ったのだが、「死神」のあだ名の谷崎医師は意味がないと無視する。
医師全員が集まる診察会議で、見舞いの花束を禁止することになったとき、研修医の桂が花は人の心に癒しを与えると熱弁する。
第三話 山茶花の咲く道
80歳の山口さんが食事中に誤嚥して窒息死亡し、食事介護の新人看護師の半崎が責任を問われる。
第四話 カタクリ賛歌
桂は言った。「田々井さんはもう、(カタクリのように)根が切れてしまっていると僕は思うんです」
薬も処置具も山のようにあり、それぞれに説明書、ガイドラインも無数に用意されている。しかし、「どこで治療を引き揚げるべきかのガイドラインは存在しない」
エピローグ 勿忘草の咲く町で 略
解説 佐藤賢一(作家) 略
本書は2019年11月KADOKAWAより刊行された単行本の文庫化。
私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)
どの時点で治療をやめるべきか、難しい問題にたびたび直面している医師たちがいる。患者の死にたびたび立ち会うような勤務医の方は、肉体的にも精神的にも疲れが重なっていくのだろう、本当にご苦労様です。
彼と彼女の話は「ぬるい」が、まあ厳しい話に挿入される場面だから許そう。
「父がよく言っていたんです。花の美しさに気づかない人間を信用するな。そいつはきっと人の痛みにも気づかない奴だって。…」(p146)
勤めていたとき、私は家を出たら今日何から手を付けるかあれこれ考えながら、途中の景色は目に入らず、駅に向かっていた。
退職して奥さんと散歩すると、「ほら、あの木につぼみがあるでしょう。もうすぐ香りのよい白い花が咲くのよ」などと教えてくれる。一人で駅へ向かう時も、道路際の花に目が向くようになった。今はブログネタにならないかと、他人の家の花を探しながら歩いている。
私もようやく、人の痛みに気づくようになったのかな??