船戸陽子女流二段がＦさんに、
「この間はありがとうございました」
と御礼を述べている。船戸女流二段は先月19日、東京・渋谷で開かれた「日本とドイツの交流150周年」の将棋イベントに、石橋幸緒女流四段、松尾香織女流初段とともに参加した。その席にはＦさんもおり、冒頭の言葉となったのであろう。
船戸女流二段は義理固いところがある。この日もＦさんに挨拶するためだけに、サロンまで足を伸ばしたのかもしれない。
先ほどの男性氏と青年氏との対局は、青年氏が勝っていた。あの男性氏に勝つとはすごい。これで彼との決勝戦となったわけだが、とにかく悔いのない将棋を指そうと思った。
振駒で、私の先手。☗７六歩☖３四歩☗２六歩☖９四歩。最近は序盤でもいろいろな指し方があるが、４手目の☖９四歩もそのひとつだろう。私はこれを緩手にしようと、☗２五歩。青年氏は☖９五歩から四間飛車に振った。
対して私は☗６六歩から☗６五歩と伸ばすが、これは突っ張りすぎだったか。
青年氏は☖６二飛と回る。これがなかなかの手で、６筋の位奪還が狙いだ。
私は☗７五歩だが、一手遅い。☖６四歩☗７六銀☖６五歩☗同銀左。ここで青年氏は少考し、☖６五同飛と元気よくきた。やむない☗同銀に角を換わって☖３九角。以下☖７五角成から☖６四歩と、６五の銀を殺されては純粋な二枚換えで、これは大きく形勢を損ねた。
しかし青年氏も緩手を連発し、少しずつ形勢が接近していく。
船戸女流二段が、
「みんなが将棋を指しているのを見てたら、私も将棋を指したくなってきちゃった」
と叫ぶ。（女流）棋士はそうでなくてはならない。
☗４三馬☖５二金左に、☗３四馬。これが間接的に自陣にも利いて、味がいい一着。それでも形勢はわるかったが、追う者の強みで、流れは逆転模様である。
やがて遊んでいる飛車と後手の馬が交換になり、ここで五分に戻ったと思った。
私は☗６三銀～☗７四銀成～☗８六香と肉薄する。これにどう受けるのかと見ていると、青年氏は勝手にせいや、と☖５八銀成～☖９九飛成。ここが最初の問題の局面だった。青年氏に無断で、以下に駒の配置を記す。
先手・一公：１二竜、１七歩、１九香、２五歩、２九桂、３四馬、３七歩、４七歩、５八玉、６六歩、７四成銀、７六歩、７七桂、８六香、８七歩、９七歩 持駒：角、銀２、歩４
後手・青年氏：１三歩、２三歩、４一歩、５三銀、６二金、７一金、７二金、７三桂、８二王、８三歩、９一香、９五歩、９九竜 持駒：金、桂、香、歩
ここは後手王に詰みありと思った。☗８三香成☖同金☗６二竜☖同銀☗８三成銀☖同王。ここで迫り方が分からなかったので、私は☗８三香成とせずに、☗７五歩と自重したのだが、☖８三同王の局面で☗６一馬と突っ込む手があって、後手王は詰みだったと思う。
ここから本譜は、以下のように進んだ。
☖５四香☗５五歩☖同香☗５六歩☖８八竜☗５七玉☖７七竜☗４六玉☖８七竜☗７三成銀☖同金左☗７四桂☖９二王☗９四銀☖８一桂☗８二歩☖４二桂
決めるべき局面を決めなければ、局面は紛糾する。青年氏の粘りに遭い、もう形勢は分からない。
☗７四桂には、☖７四同金でも☖９三王でもイヤだった。本譜は☖９二王だったので、☗９四銀から、また私の攻めが繋がった。しかし☖４二桂が、竜の利きを止めつつ馬取りという、一石二鳥の好手。
さらに指し手を進めよう。
☗４二同竜☖同歩☗８一歩成☖同王☗８二歩☖同金上☗同桂成☖同金☗７四桂☖同金☗同歩☖５四銀打☗７三桂☖同金
私は☗４二同竜と取った。終盤は駒の損得より速度、という。とにかく先手、先手と攻めるしかない。私は☗３四馬の守りが頼みだ。
☗７四同歩に、青年氏は☖５四銀打と迫る。しかしここでは☖５四桂と王手に打てば、３四馬を抜く筋や☖４七竜などがあって、青年氏の勝ちだったと思う。
また☗７三桂に☖同金も疑問。ここは☖７二王と上がっていれば、こちらは継続手がむずかしかった。
この将棋は20分切れ負け。双方とも時間が切迫しており、多少の疑問手はやむを得ない。痺れるような終盤である。そしてそのシナリオを書いているのは、私たちふたりだ。
☗８二銀☖同王☗７三歩成☖同王☗８二角☖６三王
☗８二銀はこの一手。手順に金を取り、☗８二角が明快な決め手。取れば☗８三銀成☖７一王☗７二金までだ。青年の残り時間は０分27秒。気が付けば私も、１分30秒を切っていた。
青年氏は慌て気味に☖６三王。この間に１秒減り、残りは０分26秒となった。しかしここまでくれば時間切れを待たずとも、ハッキリと先手勝ち。初心者でも分かる、簡単な３手詰めがあるからだ。
この数秒後、第３回芝浦ナイタートーナメントは幕を閉じる。ただし「２手」で。
（つづく）
「この間はありがとうございました」
と御礼を述べている。船戸女流二段は先月19日、東京・渋谷で開かれた「日本とドイツの交流150周年」の将棋イベントに、石橋幸緒女流四段、松尾香織女流初段とともに参加した。その席にはＦさんもおり、冒頭の言葉となったのであろう。
船戸女流二段は義理固いところがある。この日もＦさんに挨拶するためだけに、サロンまで足を伸ばしたのかもしれない。
先ほどの男性氏と青年氏との対局は、青年氏が勝っていた。あの男性氏に勝つとはすごい。これで彼との決勝戦となったわけだが、とにかく悔いのない将棋を指そうと思った。
振駒で、私の先手。☗７六歩☖３四歩☗２六歩☖９四歩。最近は序盤でもいろいろな指し方があるが、４手目の☖９四歩もそのひとつだろう。私はこれを緩手にしようと、☗２五歩。青年氏は☖９五歩から四間飛車に振った。
対して私は☗６六歩から☗６五歩と伸ばすが、これは突っ張りすぎだったか。
青年氏は☖６二飛と回る。これがなかなかの手で、６筋の位奪還が狙いだ。
私は☗７五歩だが、一手遅い。☖６四歩☗７六銀☖６五歩☗同銀左。ここで青年氏は少考し、☖６五同飛と元気よくきた。やむない☗同銀に角を換わって☖３九角。以下☖７五角成から☖６四歩と、６五の銀を殺されては純粋な二枚換えで、これは大きく形勢を損ねた。
しかし青年氏も緩手を連発し、少しずつ形勢が接近していく。
船戸女流二段が、
「みんなが将棋を指しているのを見てたら、私も将棋を指したくなってきちゃった」
と叫ぶ。（女流）棋士はそうでなくてはならない。
☗４三馬☖５二金左に、☗３四馬。これが間接的に自陣にも利いて、味がいい一着。それでも形勢はわるかったが、追う者の強みで、流れは逆転模様である。
やがて遊んでいる飛車と後手の馬が交換になり、ここで五分に戻ったと思った。
私は☗６三銀～☗７四銀成～☗８六香と肉薄する。これにどう受けるのかと見ていると、青年氏は勝手にせいや、と☖５八銀成～☖９九飛成。ここが最初の問題の局面だった。青年氏に無断で、以下に駒の配置を記す。
先手・一公：１二竜、１七歩、１九香、２五歩、２九桂、３四馬、３七歩、４七歩、５八玉、６六歩、７四成銀、７六歩、７七桂、８六香、８七歩、９七歩 持駒：角、銀２、歩４
後手・青年氏：１三歩、２三歩、４一歩、５三銀、６二金、７一金、７二金、７三桂、８二王、８三歩、９一香、９五歩、９九竜 持駒：金、桂、香、歩
ここは後手王に詰みありと思った。☗８三香成☖同金☗６二竜☖同銀☗８三成銀☖同王。ここで迫り方が分からなかったので、私は☗８三香成とせずに、☗７五歩と自重したのだが、☖８三同王の局面で☗６一馬と突っ込む手があって、後手王は詰みだったと思う。
ここから本譜は、以下のように進んだ。
☖５四香☗５五歩☖同香☗５六歩☖８八竜☗５七玉☖７七竜☗４六玉☖８七竜☗７三成銀☖同金左☗７四桂☖９二王☗９四銀☖８一桂☗８二歩☖４二桂
決めるべき局面を決めなければ、局面は紛糾する。青年氏の粘りに遭い、もう形勢は分からない。
☗７四桂には、☖７四同金でも☖９三王でもイヤだった。本譜は☖９二王だったので、☗９四銀から、また私の攻めが繋がった。しかし☖４二桂が、竜の利きを止めつつ馬取りという、一石二鳥の好手。
さらに指し手を進めよう。
☗４二同竜☖同歩☗８一歩成☖同王☗８二歩☖同金上☗同桂成☖同金☗７四桂☖同金☗同歩☖５四銀打☗７三桂☖同金
私は☗４二同竜と取った。終盤は駒の損得より速度、という。とにかく先手、先手と攻めるしかない。私は☗３四馬の守りが頼みだ。
☗７四同歩に、青年氏は☖５四銀打と迫る。しかしここでは☖５四桂と王手に打てば、３四馬を抜く筋や☖４七竜などがあって、青年氏の勝ちだったと思う。
また☗７三桂に☖同金も疑問。ここは☖７二王と上がっていれば、こちらは継続手がむずかしかった。
この将棋は20分切れ負け。双方とも時間が切迫しており、多少の疑問手はやむを得ない。痺れるような終盤である。そしてそのシナリオを書いているのは、私たちふたりだ。
☗８二銀☖同王☗７三歩成☖同王☗８二角☖６三王
☗８二銀はこの一手。手順に金を取り、☗８二角が明快な決め手。取れば☗８三銀成☖７一王☗７二金までだ。青年の残り時間は０分27秒。気が付けば私も、１分30秒を切っていた。
青年氏は慌て気味に☖６三王。この間に１秒減り、残りは０分26秒となった。しかしここまでくれば時間切れを待たずとも、ハッキリと先手勝ち。初心者でも分かる、簡単な３手詰めがあるからだ。
この数秒後、第３回芝浦ナイタートーナメントは幕を閉じる。ただし「２手」で。
（つづく）
