goo blog サービス終了のお知らせ 

見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

私の好きなおじさん/いろんな色のインクで(丸谷才一)

2005-12-04 09:18:55 | 読んだもの(書籍)
○丸谷才一『いろんな色のインクで』 マガジンハウス 2005.9

 考えてみると、もう十数年も前から、俳優、ミュージシャン、スポーツ選手、学者、ジャーナリスト、政治家、どんな分野を見渡してみても、丸谷さんほど好きなおじさんはいない。無類の読書家で、博識で、日本語の達人。子どものように好奇心旺盛で、趣味のいい紳士で、あまり表に出さないが、実は頑固な反体制派である。だから丸谷さんの本を開くときは(自分がおばさんになったことを忘れて)嬉しさと照れと緊張で、好きなおじさんの前に出た小娘みたいな心境になってしまう。

 さて私は、丸谷さんの小説も読むし、古典評論も、歌仙、発句集も好きだ。本をネタにしたエッセイは何より大好きなのだが、彼の重要な仕事の一分野である、書評集にはちょっとたじろぐ。だって、自分の読書量の不足を思い知らされるんだもの...本書には74の書評が収められているが、私が読んだ作品は、片手の指にも満たなかった。恥ずかしい話だ。

 しかし、冒頭のインタビューによれば、書評の効能の1つは、「実際は本を読まない人でも、一応それを読めば間に合う」ことだと丸谷さんは言う。「新刊書ってのは(普通の人は)そんなに読めるもんじゃないですよ」と言ってもらって、だいぶ気が楽になった。

 本書に収められた書評には、さまざまなスタイルがある。ストーリーの導入部を詳しく紹介し、落ちやクライマックスは明かさないもの。本文の一部を引用して示すもの。初めから終わりまでのあらすじを要約して示すもの(批評的な文言は少なくなる)。最後の型は、イワン・ブーニン短編集の『ルーシャ』とか、写真家マーガレット・バーグ=ホワイトの生涯を描いた山崎正和の『戯曲 二十世紀』、筒井康隆『私のグランパ』などの書評で使われている。どれも原文を読み通したような感動で、胸にぐっと来てしまった。

 本書の後半には、新刊書の内容見本やオビに書いた短文が集められているが、これがまた本好きのツボを心得た名人芸である。成島柳北『硯北日記』の内容見本を、「書物譚」と題して、「王立図書館焼失の代償としてマルクス・アントニウスがクレオパトラに贈った二十万冊の本は、あらゆる恋の贈り物のなかで最も豪奢な品ではないか」で始めるんだから!

 最後に、この際、もうひとりの「好きなおじさん」について書いておきたい。丸谷さんは、以前から野球解説者の豊田泰光さんを贔屓にしているが、私も中学生の頃、ラジオでナイター中継を聞いていて、いちばん好きなのが豊田泰光さんだった。現役時代の成績が素晴らしいし、それに美男である、というが、私は西鉄ライオンズを知らなかったし、少し後になって「プロ野球ニュース」が始まるまで、豊田さんの顔も知らなかった。ただ、彼の声と話芸が好きだったのだ。この点、私は自分の日本語の好尚が正しかったことを、ひそかに誇りたいと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

湖南三山・特別公開

2005-12-03 08:07:51 | 行ったもの(美術館・見仏)
■常楽寺~長寿寺~善水寺(滋賀県・湖南市)

 滋賀県の古寺巡礼には何度も出かけている。去年もこの時期は、油日の櫟野寺を見に行ったし、その前年は湖東三山だった。すっかり都市化した京都・奈良に比べて、まだ、観光客も少なく、のんびりした田園風景が好きなのだが、毎度、交通の便の悪さには悩まされる。

 今年は、11月12日~27日の2週間、草津線沿線の名刹「湖南三山」が一斉公開し、臨時バスが走ることになった。しかも、職場の友人(同じく数寄者)が、公開早々に出かけ、ハイキング地図や臨時バスの時刻表を手に入れてきてくれたので、私は万全の体制で、この旅に臨むことができた(感謝、感謝)。

 野洲のホテルを早めに発ち、石部駅を出る路線バスに乗る。まだ観光客らしい乗客はいない。開門前の常楽寺に着くと、マイカーでやってきた参拝客たちが、門前の紅葉を写真に収めていた。やがて、9時の開門になると、参拝客は、三々五々、境内に流れ込んだ。



 なんて優しい風景なのだろう。紅葉に荘厳された本堂は、屏風のような小高い丘に抱かれて、何か、大きな生き物が、静かにうずくまっているように見える。高台に立つ三重塔を見上げると、屋根の裏の垂木が、椎茸の傘のようだ。母鳥が翼を広げて、雛を守る姿にも似ている。丘に上がって、本堂を見下ろすと、桧皮葺の大屋根のラインは、そのまま、遠景の山並みに連なり、靄の中に溶け込んでいく。ここでは、自然と人為にほとんど区別がない。もしかしたら、戦前の奈良はこんなふうではなかったか、と思う。

 再び路線バスに乗る。さっきと同じ運転手さんのバスだったが、既にたくさん観光客が乗っている。長寿寺は、瀟洒な紅葉のトンネルの奥にあり、京都の嵐山かどこかのようだ。大きな阿弥陀如来に参拝した。

 次は臨時バスで善水寺へ。ここだけは再訪である。前回は、路線バスの停留所(岩根)から、てくてく歩いた。本堂は高い山の上にあるので、覚悟を決めて急坂を上り始めたら、通りがかったトラックのおじさんに「善水寺に行くの? 乗っていきな」と声をかけてもらった記憶がある。

 今回の臨時バスは、別ルートで、裏山の温泉保養地をまわって、本堂前に到着した。庭が整備された(?)のと、人が多いのとで、ずいぶん印象が違う。しかし、本堂の中に入って、畳の上の仁王像(かつて、山門が洪水で流された由)を見ると、なんとなく思い出すものがある。本尊(秘仏)のお厨子の左右には、十二神将、四天王、そして梵天と帝釈天がおいでになる(古い形式らしい)。梵天と帝釈天が、どちらも、少し下ぶくれの丸顔で、穏やかなのがいい。四天王は、右の二体のほうが顔が小さく、重心が高い。左の二体とは、明らかに違う手である。

 外陣には、ご本尊の薬師如来の写真パネルが置いてある。近寄って、その写真をじっと見た。私は2001年の御開帳の際、このご本尊を拝んでいる。しかし、つい先日、京都国立博物館の『天台の国宝』展で再会しても、全く記憶がよみがえらなかった。なぜなんだろう?

 やがて気がついた。写真のご本尊は、非常に印象的な光背を背負っている。木製だと思うが、緑の唐草、赤い雲に化仏が描かれ、あたかも唐三彩のようだ。これがあるとないとでは、ずいぶん印象が違うだろう。私は本堂の隅で、バッグの中から、ぶ厚い『天台の国宝』の図録を取り出し、確認した。やっぱり、光背はない。

 うーむ。これは見逃しがたいので、本堂で、光背を背負ったご本尊の写真を買っていくことにした。堂内の説明をしてくれたお姉さんに「京都の博物館では、光背はありませんでしたね」とお聞きしたら、「そうです、光背は持っていかなかったんです」。「平成13年には、52年ぶりのご開帳があったんですよ」とおっしゃるので、「私は、そのときも東京から来ました」と申し上げたら、びっくりして、喜んでくれた。「来年の春には、ご本尊が東京まで行きますが、たぶん最初で最後だと思います」という。よしよし、必ず、東博でお会いしよう。



 こうして、湖南三山の巡礼を完遂。次のバスが来るまで、まだ時間があるので、駐車場に作られた売店で、ちらし寿司(200円)と具沢山の味噌汁(50円)を買って、満足の昼食。少し早めに帰京の途に着いたのだった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都・秋の文化財見て歩き(3)

2005-12-02 08:25:25 | 行ったもの(美術館・見仏)
■京都国立博物館 特集陳列『和歌と美術-古今集1100年、新古今集800年記念』

http://www.kyohaku.go.jp/jp/index_top.html

 博物館の入口に「本日は無料開放日です(平常展のみ)」という札が掛かっていた。あれっ? ということは、この『和歌と美術』は、特別展ではなかったのか。私はうろたえた。だって、古今和歌集『本阿弥切』『曼殊院本』をはじめ、国宝・重文の古筆切が目白押しの(はずの)展覧会なのである。それが無料って...なんという太っ腹。しかし、特別展でないということは、今日は夕方5時で閉館(特別展開催中は6時閉館)してしまう! これは想定外である。あと1時間しかないではないか。

 慌てて、2階の特集陳列の部屋に飛び込む。まあ、この1部屋なら、1時間でなんとかなるだろう。しかし、それは甘かった。まず、水無瀬神宮蔵『後鳥羽院像』の前で立ち尽くしてしまう。教科書などでなじみの、あの肖像画である。福々しい頬、下がり気味の眉、小さな目鼻、とりわけ小さな口。少ない線で的確に個性をとらえた肖像画だが、正直なところ、現代人の目には、才気も覇気も感じさせない。これが日本浪漫派の重鎮・保田與重郎を動かし、丸谷才一に「最高の天皇歌人」と言わせた文学的英雄か、と思うと、不思議な感慨にとらわれる。

 この特集陳列は、予想外に絵画(特に歌仙絵、似せ絵)が充実していた。『後鳥羽院像』と同時代の『三十六歌仙絵』(佐竹本、上畳本)は、ずっと明晰な輪郭線を持ち、唇の赤が生々しい。

 ニューヨークのジョン・チャールズ・ウェバー・コレクションからの出品『時代不同歌合』は、同種の作品では、巻物で完存する最古のものだそうだ。どの人物も写実的・個性的で、表情がある。着物も美しい。女性像は、白い肌・赤い唇に、乱れた黒髪がかかり、ちょっと三流エロ劇画もどきに色っぽい。

 古筆では国宝手鑑『藻塩草』が、なんと14面ずらりと広げてあったのは、拝みたくなるような眼福であった。筆蹟鑑定を家業としていた古筆家に伝来したものだという。

 国宝『本阿弥切』は、本阿弥光悦がその一巻を所有 していたことからこのように呼ばれる。華やかな雲母(きら)摺りの唐紙に筆写したものだ。細見美術館で見たばかりの版木が記憶によみがえる。対照的に、『曼殊院本』は、青、藍など、主に寒色系の色紙を継いだもので、奥ゆかしい味わいがある。うーむ。源氏物語だったら、片や紫の上、片や明石の上ってところかしら。どちらも、意外なほど、縦幅が小さかった。

 ここまでで時間いっぱい。隣室の関連展示「平安古筆」は時間切れで見ることができなかった。通り過ぎただけの絵巻の室は、”似せ絵つながり”で『公家列影図』『高僧図巻』等が出ていたし、中国絵画は清代ものだが、いずれもよかった。どうも指頭画(筆の代わりに指を使って描く)の特集だったらしいだが、そんなことは別にしても、朱の『王昭君出塞指意図』いいなー。足が止まりかけるところを、無理やり素通りしてきた。もう1回、見に行きたいよー。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都・秋の文化財見て歩き(2)

2005-12-01 18:29:13 | 行ったもの(美術館・見仏)
■細見美術館 琳派展VIII『俵屋宗達-琳派誕生-』

http://www.emuseum.or.jp/

 細見美術館は、得意の琳派展である。そこそこの品揃えだが、展示替えが多くて、公式ホームページのTOPに挙がっているような名品を、一度に見ることができないのは惜しい。

 しかし、伊年印『草花図襖』(京都国立博物館蔵)が見られたことで満足としよう。金地に繊細な草花を描いたもので、同趣の襖・屏風は多数あるが、その中でも極め付きの名品であるという。ゆるやかな弧を描くように、株分けされて配置された草花は、襖の開閉に連れて、ダンスのように表情を変えるはずである。

 「伝統的なやまと絵の草花とは異なる種類を多く含み、中国の草虫図からの影響もうかがわれる」という解説が興味深い。なるほど。アザミ、鶏頭、タチアオイなど、描かれた草花で、最も目立つ色は赤なのだが、地色の金に中和されて、濃いピンク色に見える。これが、先日、静嘉堂文庫で見た余の『百花図巻』の色調に、とてもよく似ていた。

 また、目をひいたのは「平家納経」。なぜ宗達が平家納経に関係したかというと、慶長2年(1602)、安芸城主福島正則が平家納経の修復を行うに際し、計3巻の表紙・見返し制作を命じられたのだという。うち2巻が展示されていた。本物でなく、田中親美制作の模造品であったが、これは(以前にも取り上げたとおり)原作を超えようかという迫力の逸品で、文句のつけようがない。

 『化城喩品』の表紙(外側)は、地も文様も全て金で、あわあわとした流水文に、マッチ棒のような松の木が、はかなげに漂っている(ように見える)。『属累品』の見返し(内側)は、青い海に、白熱したような金の雲が湧き上がり、すらりと直立した緑の松は、椰子の木のようだ。今村紫紅の『熱国の巻』に似ている。

 京都に現存する唐紙屋「唐長(からちょう)」伝来の、琳派文様の版木が展示されていたのは(見学客の、「お父ちゃん、唐長さんやわぁ」という声も)さすが京都だと思った。完成された「絵」の体を取る版木のほか、鹿だけ、モミジ葉だけのハンコみたいな版木もあって、これは、摺り師が紙面にどう配置するかによって、1回ごとに異なる構図が生まれる趣向である。

 本阿弥光悦が嵯峨の豪商角倉素庵の協力を得て出版した「嵯峨本」は、八坂神社に伝わる100冊揃いが、少しずつ出品されていた。ふじ色、水色、はだ色など、いずれも地は淡い色彩で、これに、「唐長」の唐紙のような、白い胡粉の摺り文が入る。光の角度でようやく見えるほどの淡い文様である。

■建仁寺

 もしかしたら、この時期、宗達の『風神・雷神屏風』の本物が見られないかしら、と思って建仁寺に寄った。残念ながら見られなかったが、2002年に描かれた小泉淳作画伯の『双龍図』(法堂大天井画)を久しぶりに見ることができた。うーん。迫力。平成の名品だと思う。私は鎌倉・建長寺の『雲龍図』より、こっちのほうが雄大で好き。

 完成当時は、法堂の床にカーペットが敷かれていて、みんな、床に座り込んだり、仰向けに寝転んだりして見てたなあ。インドの寺院みたいでよかったんだけど、どうやら、その習慣は廃されてしまったようだ。ちょっと残念である。

参考:「唐長」のサイト(なかなか、モダンな作り)
http://www.karacho.co.jp/

(まだ続く)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする