見もの・読みもの日記

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毛沢東の天下取り/中国の大盗賊・完全版(高島俊男)

2005-12-08 12:01:19 | 読んだもの(書籍)
○高島俊男『中国の大盗賊・完全版』(講談社現代新書) 講談社 2004.10

 高島俊男は、丸谷才一さんが推す執筆者のひとりである。本書の元版が出たのは1989年のことだという。講談社から、四百字づめ270枚で新書の執筆依頼を受けた著者は、気がついたら420枚も書いてしまった。しかたがないので、大胆非情な削減を施し、270枚の原稿を作り直した。

 もとの原稿は、「最後の盗賊王朝中華人民共和国」(著者)と、創業皇帝・毛沢東を書くのが主題で、歴代の盗賊王朝は、その前史のつもりだった。しかし、当時はまだ社会主義の未来を信じている人も多かったし、中国を否定的に見ることに対する反発感情も強かったので、毛沢東を扱った部分は、まるまる廃棄せざるを得なかった。それから15年間、ダンボール箱に眠っていた旧稿が、再び陽の目を見ることになったのが、本書である、という。

 私は、以前、本書の旧版を読んだ記憶がある。なので、書店に並んだ『完全版』を見ても、もう一回、読み直そうとは、なかなか思わなかった。しかし、たまたま立ち読みした「あとがき」で上記の経緯を知って、読んでみることにした。

 なるほど、面白い。旧版と重複する、漢高祖・劉邦、明太祖・朱元璋、李自成、洪秀全らを扱った部分も、小気味よくてサクサク読めるが、15年前の旧稿そのままだという毛沢東の章は抜群である。たぶん中国史をよく知らない者が読んでも楽しめると思うが、少し知っていて読むと、「見立て」の芸に、いちいち膝を打ちたくなる。

 いちばん恐れ入ったのは、中華人民共和国と明王朝の「見立て」。創業皇帝・毛沢東は太祖・朱元璋である。しかし、中華人民共和国において、党と国家の路線を市場経済の方向に大転換する英断を下したのは、(華国鋒に続く)第三代皇帝の小平だった。これは、明帝国の第三代成祖永楽帝が、創業皇帝の遺志に背くことによって成功し、国家を(ただし、全く別の国家として)生きながらえさせたことに似ている。

 それから、毛沢東支配下の中国が、マルクス主義を受け入れた理由。中国では二千年以上にわたって儒家の経典が絶対万能の書だった。二十世紀になって儒教そのものは否定されたが「真理をしるした書物というよりどころを求める習性」は急にはなくならなかった。その間隙を埋めたのが、「革命経典」マルクス主義だったのである。著者は、この傍証を、中国における書物の分類法に求める。それは「より正しい、より尊い本から順に並べてゆく」のである。

 こんな調子であるが、本書は決して、反中国・嫌中国の立場から、毛沢東と共産党中国を「否定的」に捉えたものではない。毛沢東に関しては、抜群の腕力、胆力、統率力を評価し、かつ、彼のように、詩文の才と文化的教養を備えた開国皇帝は、「古来一人もいなかった」と称える。さらに、「毛沢東の伝記はおもしろい。(略)こいつの前では朱元璋も李自成もケチなコソ泥くらいに見えてくるという大盗賊が、中国をムチャクチャに引っかきまわすという、一般中国人にとっては迷惑千万の歴史がおもしろいのである」と、大絶賛(!?)を惜しまない。そして、こういう毛沢東評価は、日本の中国学者の独創ではなく、本場の中国人にとっては、至極当たり前のものなのではないかと思う(時代と社会情勢によって、大きい声で言うか言わないかの差はあれ)。

 ただし、付け加えておけば、著者は、毛沢東と共産党の中国支配を「肯定」しているわけではない。著者は、中国人を「天性自由の民である」と見る。だから、(統制好きの日本人と違って)てんでばらばらに好きなことをやらせてこそ本領を発揮する国民から、徹底的に自由を奪った共産党支配の十数年は、中国にとって、まことに不幸な歳月だった、と評してる。でも「おもしろい」んだよなあ、この二十世紀の"盗賊王朝"のハチャメチャの歴史...

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